94年、三浦知良。「金を払って選手をねじ込む」“マーケティング主導”の揶揄の中、築いた礎【セリエA日本人選手の記憶(1)】

2019年04月01日(Mon)11時51分配信

シリーズ:セリエA日本人選手の記憶
text by 神尾光臣 photo Getty Images
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苛烈なプレッシャーと戦った三浦知良

 しかしギャップは埋まらなかった。「彼は右も上手く、左も上手く、ヘディングだって上手い。ただ、どういう“言葉”で分からせたらいいんだか分からない」という愚痴をスコーリオは近しい記者に漏らしていたのだという。

 それは言葉というより、サッカーの考え方を指したものだろう。ただカズはすでに27歳、一度固まったプレースタイルを変えていくのは誰であっても容易ではない。前述の通り、監督交代も相次ぐ状況では、チームやイタリアサッカーへの適合もスムーズに進むはずはなかったに違いない。

 ペーリの練習場に通っていたファンからは、カズの悪口はきかない。「結果は残せなかったが、練習場で見ている限りはアイツのことは好きだったよ。誰よりも早く練習場に来て、遅くまで自己練をやって帰るんだ。練習の様子には、スター気取りなんて微塵もなかったよ」といまだに言うのだ。

 もちろん「大事なダービーでゴールしてくれたからオレの中ではOK。オフサイドの誤審で取り消されたゴールだって3、4つあったさ」という人もいる。そういった努力とチームの方向性がかみ合えば、もっと良い成績を残すことも可能だったのかもしれない。

 興味深いのは、カズが直面した問題はその後の日本人選手たちの境遇においても共通するものだったということだ。マーケティング主導という見方が先行する中での心理的なハードル、戦術的、守備的なイタリアサッカーへの適応と自らのプレースタイルとの葛藤。

 そして、結果が重視される故の、苛烈かつ真摯なプレッシャー。その後に訪れた選手たちはみな、こういうものとの闘いに直面することとなった。カズが後ろに続くものの礎となったことは、最大限にリスペクトされるべきである。

 中田が劇的に評価を塗り替えてセリエAで定着を果たし、長年に渡ってビッグクラブでプレーする長友佑都のような選手も現れた。そして今、セリエAに所属する日本人選手はゼロ。ユベントス以外は凋落したともいわれるこのリーグだが、カズの時代から突きつけられ続けた様々な課題をクリアし、この地で実績を挙げる日本人選手は再び現れるのだろうか。

(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

【了】

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