セスクはアーセナルで輝いたが…。若手を育てるベンゲルの手法が通用しなくなった理由【アーセナルの20年史(4)】

世界のフットボールシーンは、この約20年で大きく変わったと言える。選手の契約と移籍のあり方が変わり、名門クラブも栄枯盛衰を経験している。そこで複数回に渡ってアーセナルの現代史を辿っていきたい。今回は第4回。(文:西部謙司)

2020年02月04日(Tue)10時40分配信

シリーズ:アーセナルの20年史
text by 西部謙司 photo Getty Images
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ベンゲルらしからぬ戦いでCL決勝へ

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【写真:Getty Images】

 2003/04シーズンの無敗優勝からアーセナルは長くリーグ優勝から遠ざかっている。2006年に完成したエミレーツスタジアムの建設費用がかさみ、選手の年俸はライバルクラブに比べると抑えられていた。補強に使える資金も限られていて、この緊縮財政策が長きにわたる無冠時代を招いた最大の要因だろう。

 ただ、05/06シーズンではUEFAチャンピオンズリーグの決勝まで進んでいる。このころまではインヴィンシブル時代の勢いをまだ維持できていた。

 グループリーグを首位で通過、ラウンド16でレアル・マドリーと対戦する。アウェイのサンチャゴ・ベルナベウで1-0、ホームのハイベリーは0-0。虎の子の1点を守り抜いてベスト8へ進んでいる。このCLでのアーセナルの戦い方は、アーセン・ベンゲル監督らしからぬ守備を重視した手堅いスタイルだった。

 準々決勝でユベントスを下し、準決勝ではこのシーズンのサプライズだったビジャレアルと激突する。フアン・ロマン・リケルメを擁するビジャレアルとの初戦はホームで1-0、第2戦はGKイェンス・レーマンがリケルメのPKを阻止して0-0ドローの立役者となった。

 結局、決勝までのノックアウトステージ6試合での失点はゼロ、グループステージと合わせてもわずかに2失点だった。フォーメーションはティエリ・アンリを1トップに置く4-5-1をメインにしている。

 デニス・ベルカンプに代わってクリエイティブ部門を担当したのは、当時19歳のセスク・ファブレガスだった。セスクはボランチのポジションからバイタルエリアへ進出し、決定的なパスやフィニッシュで大きな役割を果たしていた。

 サイドバックのエマヌエル・エブエ、アシュリー・コールが押し込んだときに外から追い越しをかけ、それによって相手のディフェンスラインを押し下げた。相手のラインが下がったぶん、少し広がったDFとMFの隙間にセスクが入り込んでいる。SBのスピードと運動量を使って、セスクが創造性を発揮できるスペースを捻出していた。日本代表を率いていたイビチャ・オシム監督が07年のアジアカップでこのメカニズム使っている。ただ創造性を発揮しろと言うのではなく、そのための仕組みを作っていたのはベンゲル監督らしい。

 初の欧州王者まであと一歩まで迫ったアーセナルだったが、決勝はバルセロナに1-2と敗れてしまう。全盛期のロナウジーニョ、サミュエル・エトーを擁するバルサを倒すには至らなかった。

ベンゲルの手法が通用しなくなった理由

 CL優勝を逃した翌シーズン、エミレーツスタジアムへ移転。ベルカンプの引退試合がこけら落としとなった。このシーズンは4位。これ以降、アーセナルは優勝争いではなくCL出場権を争うチームになった。

 緊縮財政策のため、ライバルチームのような高額年俸は払えない。補強も値段が釣り上がる大物選手は狙えない。それでも将来性豊かな才能を集めることには成功していた。バルセロナのカンテラからセスクを獲得し、ロビン・ファン・ペルシー、サミル・ナスリ、エマニュエル・アデバヨール、アレクサンドル・フレブなど若い才能を獲得してブレイクさせていった。

 もともとベンゲル監督下のアーセナルは大金をつぎ込んでの補強よりも、ブレイク前の若手や燻っている才能を獲ってきて開花させる手法を採っていた。アンリ、ベルカンプを再生させ、ロベール・ピレスやアシュリー・コールをブレイクさせてきた。しかし、もうそれだけではライバルに対抗できなくなっていた。

 パリ・サンジェルマンからニコラ・アネルカを引き抜いてきたときとは、すべてが変化していた。かつてはベンゲルだけが握っていた情報も、世界中のスカウトが知るようになった。インターネットの普及とともに情報は共有され、ベンゲルの特権だったフレンチ・コネクションやアフリカン・コネクションのアドバンテージはなくなっていた。

 情報の共有は年俸の高騰を生み、育てた若手選手たちは次のステージへのステップアップを望むようになっていく。世代交代は進んだが、中心選手はことごとくアーセナルから移籍していった。

 それでもベンゲルのチームには依然としてロマンがあった。攻撃的で自由だが規律もある。若々しく可能性に溢れたチームであり続けた。無冠の時代もベンゲルへの信頼も揺るがなかったが、いつか開花するはずのチームは主力の放出が続き、可能性は可能性のままで終わってしまう。理想はいつも掲げられていたが、実現する前に消えていた。理想と現実の間を揺れながら、気がつくと10年が経過していた。

 エミレーツスタジアムが出来て10年、ついにサポーターは「ベンゲル、アウト」と書かれたボードを掲示するようになる。2017/18シーズンを最後にベンゲル監督は退任し、アーセナルは新たな時代に移行していった。

(文:西部謙司)

【了】

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