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ゲーゲンプレッシングとは何なのか? リバプールの“クロップ魔法陣”で自ら幕を下ろした一時代【クロップ戦術進化論 後編】

ユルゲン・クロップがこれまで辿ってきた“戦術ロード”を改めて振り返ると、見事なまでに世界の戦術トレンドを咀嚼していることがわかる。アナリストの“日本屈指のクロップ通”庄司悟が、クロップ戦術の進化論を解き明かす、本日2/6発売の『フットボール『戦術』批評』から一部を抜粋して前後編で公開する。今回は後編。(文:庄司悟)

text by 庄司悟 photo by Getty Images

ゲーゲンプレッシングとハイプレッシングの違いとは?

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【写真:Getty Images】

 いい機会なのでゲーゲンプレッシングとハイプレッシングは何が違うのか以下に記す。

 “クロップ流プレッシング”と誤解されがちなゲーゲンとはドイツ語でヴァーサス(VS)を意味する。では何に対してのVSなのか。そう、相手のプレッシングへの対抗策として生まれたのが、VSプレッシング=ゲーゲンプレッシングなのである。

 つまり、こうだ。まず相手に対してボールが取りやすい状況をあえて作る。エサをまかれた相手はプレッシングを発動し、いとも簡単にボールを奪う。数秒以内にこちらがそれをまた奪い返し、相手が前がかりになったところを一気に攻め込む、というわけだ。相手がプレッシングをかけてこなければ成り立たない戦術であることがわかる。

 もっと端的に言えば、自チームがボールを失ったとき、相手チームのカウンターに備えてかけるのがゲーゲンプレッシング、相手チームがセーフティで的確なパスワーク(ビルドアップ)に入ったときにかけるのはただのプレッシングにすぎない。

 では、クロップが苦戦したシーズンを覚えているだろうか。ドルトムント時代の14/15シーズンはシーズン終了時こそ5位に巻き返したものの、シーズン折返しの時点(17試合消化)では4勝3分10敗で降格圏の17位と大いに苦しんだ。

 なぜここまで苦しんだのか。前半戦2位だったヴォルフスブルクを率いるディーター・ヘッキング監督を筆頭に、ドルトムント=クロップ対策として、プレッシングをかけてこなかったためである。

クロップはゲーゲンプレッシングだけにあらず

 思えばドイツサッカー連盟は14年のブラジルW杯閉幕直後の7月28日に開催した『INTERNATIONAL ERTRAINER-KONGRESS 2014』で、早速、最新のゲーゲンプレッシング対策を公表している。ブンデスリーガでのドルトムントの急降下は、同カンファレンスの主催者がドイツ連盟だったことに尽きる。14/15のドルトムントはCLのグループステージでは4連勝したように、国外ではまだゲーゲン対策は浸透していなかったのだろう。

 ここで窮地に陥った当時のクロップの心境を察するとすれば、白土三平の漫画『カムイ外伝』がいい題材となる。カムイが編み出した必殺の忍術・飯綱落とし(空中で相手の胴体を背後から拘束し、逆さまに落下して脳天を地面に打ちつける)に対し、数々の刺客が研究に研究を重ねた。同忍術によってカムイに葬られた弟の敵討ちを誓う姉は、飯綱落としをかけられている最中に自らの体に刀を突き刺す。さらにカムイの腹部にも刀を貫通させようとするが、なんとカムイはしっかりと鎖帷子を着用していた……。

 つまり、術者は己の技を生み出したとき、それを破る方法も考える。ドルトムント退任後、短いバカンスを取っていたクロップが、「4」のスロープを考えていたとしても何ら不思議ではない。ゲーゲンプレッシングを編み出した術者の思考とはそんなものだ。

 ちなみに18/19シーズンのCLラウンド16のアウェー(対バイエルン)を3対1で勝利したクロップのリバプールを、あるドイツのメディアは「『ドルトムント+ゲーゲンプレッシング』で築いたクロップのいち時代に幕は降ろされた」と評した。これは皮肉でも何でもなく、クロップはゲーゲンプレッシングだけにあらず、という最高級の賛辞である。

(文:庄司悟)

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フットボール『戦術』批評


定価:本体1500円+税

<書籍概要>
フットボール批評の新たな試みである別冊『戦術批評』では、最新にして最強の戦術コンセプト“クロップ魔法陣”の全貌を、古今東西の戦術ライター、戦術アナリストたちが解き明かす。賢者たちは、実はリバプールが“堅攻”であることを我々に教えてくれる。
コンパクトな陣形を保ちながらの高い位置でのボール奪取は、すなわち限りなくチャンスを創出しやすいからである。いや、“堅攻”という表現さえ当てはまらない可能性がある。指揮官のクロップには攻守の切り替えという概念すらないかもしれない。
最適解のワードを見つけるべく、“クロップ魔法陣”の核心部に迫っていく。

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【了】

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