ベンゲルがアーセナルにかけた“麻酔”。8季無冠でもクビにならなかった理由とは?【アーセナルの20年史(終)】

世界のフットボールシーンは、この約20年で大きく変わったと言える。選手の契約と移籍のあり方が変わり、名門クラブも栄枯盛衰を経験している。そこで複数回に渡ってアーセナルの現代史を辿っていきたい。今回は第5回。(文:西部謙司)

2020年02月18日(Tue)10時00分配信

シリーズ:アーセナルの20年史
text by 西部謙司 photo Getty Images
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ユートピアの終焉

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【写真:Getty Images】

 スタジアム建設による緊縮財政策は2013年に終了、久々の大型補強としてメスト・エジルを獲得している。この13/14シーズン、アーセナルは9シーズンぶりのタイトルになるFAカップを獲得した。

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 14/15にはアレクシス・サンチェスが加入。FAカップを連覇、12回目の優勝でマンチェスター・ユナイテッドを上回り最多優勝クラブとなった。15/16はペトル・チェフが加入、タイトルはコミュニティ・シールドだけだったがプレミアリーグは2位につける。しかし、16/17はリーグ5位と後退してUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権をとれず。ただ、FAカップは優勝した。17/18シーズンも6位、2連連続でCL出場を逃し、ついにタイトルなしで終わるとアーセン・ベンゲル監督が退任した。

 無冠時代が8シーズン、続く5シーズン中4シーズンは何らかのタイトルを獲っていたがリーグ優勝には届かず。この状態で監督が解任されなかったはベンゲルだからだ。

 アーセン・ベンゲルには絶大な信頼があった。それが揺らぎ、崩れるまでに10年以上もかかったのは、それだけベンゲルの“麻酔”が効いていたという見方もできるかもしれない。ベンゲルは8シーズン無冠でも監督がクビにならないクラブを作った。マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソンでも無冠なら3シーズンが限度だったのではないか。

ベンゲルの見えざる手

 ベンゲルはただの監督ではなくマネジャーであり、経営者の1人といっていい。短期的なチームの強化にとどまらず、長期的なビジョンでクラブを運営する重要人物の1人だった。かといって独善的にはならず、チーム作りも全体の戦術と個のバランスを巧みにとっている。アーセナルはベンゲルの見えざる手によってコントロールされていた。

 無冠時代に出て行った選手たちも、監督への直接的な不満は持っていない。現役生活の時間は限られているので、アーセナルの現状に見切りをつけただけであり、居心地のいいクラブだったようだ。

 他のプレミアリーグのクラブなら、2年も不本意な成績に終われば監督は解任される。その点でアーセナルは例外的なクラブだったわけだが、アーセナルのファンからすれば他のクラブのほうが異常に映ったかもしれない。

 ベンゲルはファンに現状を示し、理解を求め、ファンは納得した。ファンは選手よりも時間がある。ベンゲルの正しさはファンの正しさであり、そうなると監督にはもう敵がいない。ただ、ベンゲルのユートピアにもさすがに限度はある。サポーターもついにしびれを切らせ、エミレーツスタジアムには退任を促すバナーが掲げられるようになった。Enough is enough.(もうたくさん)

被害を最小限に食い止めるアルテタ

 18/19シーズン、ベンゲルの跡を継いだウナイ・エメリは野心的だが手堅い監督だ。ベンゲルの後継者に相応しいバランス感覚に優れた指導者だったが、最初のシーズンはリーグ5位でCL出場権を逃し、セビージャ時代の大得意だったELも決勝で敗れた。

 19/20はダニ・セバージョスを攻撃の指揮官役に抜擢したが失速し、11月29日に解任。ファンにはベンゲルのときの寛容さはもう残っていなかったし、エメリ監督もそこまでの信頼も築けなかった。エメリは優れた監督だったが、ベンゲルのようにファンに夢を提示するには至っていない。

 フレディ・リュングベリがケア・テイカーを務めた後、ミケル・アルテタが新監督に就任している。しばらく迷走は続くかと思われたが、アルテタ新監督は素早く軌道修正して被害を最小限に食い止めた。アルテタは元アーセナルの選手であり、マンチェスター・シティではジョゼップ・グアルディオラ監督のアシスタントコーチだった。

 現役時代のアルテタは、技巧的なアーセナルらしいMFだった。スキルが高く、ボールの受け渡しにミスが少ない。グアルディオラやシャビ・エルナンデスと似たタイプのリンクマン。派手なプレーはしないが堅実でクレバーだった。戦術的にはベンゲルが敷いた路線を逸脱することはなさそうだ。

ベンゲルの麻酔

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【写真:Getty Images】

 ベンゲルは理想を説き、それが実現したときにどうなるかも現実に示している。インビンシブル時代の実例があるので、その後の我慢の時期にも理想を信じることができた。アルテタ監督に求められているのは、おそらくそれだ。現実的なエメリにはそこが少し足りず、アーセナルの理想とするプレースタイルが崩れ始めたときに成績もついていかなかったので信頼を得ることはできなかったのだろう。

 ベンゲルはアーセナルのファンを幸せにする術を心得ていた。それがいわばベンゲルの麻酔で、ファンは10年間もまどろむことができた。アーセナルのそういう体質が出来上がっているなら、アルテタはやはり第二のベンゲルになるべきなのだろう。

 マンチェスター・シティはファイナンシャル・フェアプレーへの違反により、UEFAからヨーロッパのコンペティション(CLとEL)から2年間の出場停止を言い渡された。シティは法的な対抗措置をとるだろうが、CLに出場できないとなれば監督、選手の流出がこれから始まる可能性があるといわれている。

 ベンゲルが移籍市場におけるファイナンシャル・ドーピングを回避してきた意味が、ここにきて再評価されることになるかもしれない。

(文:西部謙司)

【了】

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