マンチェスター・ユナイテッド、ミュンヘンの悲劇の真実。3冠&3連覇をもたらした最初の成功とは?【マンUの20年史(1)】

マンチェスター・ユナイテッドは世界屈指のビッグクラブだが、その長い道のりの中で紆余曲折を経験している。1986年から指揮を執るアレックス・ファーガソン監督は、27年にも及ぶ輝かし時代を作ったが、その後は苦しい時期が続いている。今回は、そんなマンチェスター・ユナイテッドの現代史を、複数回に渡って辿っていきたい。(文:西部謙司)

2020年04月28日(Tue)10時00分配信

シリーズ:マンUの20年史
text by 西部謙司 photo Getty Images
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カンプ・ノウの奇跡

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【写真:Getty Images】

 ビッグクラブには栄光の陰に不運もあり、内紛もあり、サポーターとの諍いもある。いろいろあるけれども強いのか、いろいろあったから強いのか。いずれにしても、何の波風も立たずに、ずっとただ強いままというクラブはない。

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 マンチェスター・ユナイテッドは良いことも悪いことも、ほぼすべて経験してきた。

 1986年11月にアレックス・ファーガソン監督が就任、92/93シーズンにリーグタイトルを獲得してからのユナイテッドは安定して勝ち続けてきた。ファギー王朝があまりにも長かったので忘れられているが、それ以前のユナイテッドはそんなに強いチームではなかったし、2部降格も経験している。ファーガソンが引退してタイトルを獲れなくなり、ファンはそれまでが特別だったことに気づかされた。

 1998/99シーズン、ユナイテッドは“トレブル”を達成している。

 リーグ戦はアーセナルとのデッドヒートを制して1ポイント差で優勝を決めた。FAカップでも準決勝で対戦したアーセナルを再試合で破り、決勝でニューカッスルに快勝して二冠。アーセナル戦では、ライアン・ギグスが50メートルを独走して伝説的なドリブルシュートを決めている。リーグ、カップともアーセナルとの差はわずかで、ダブル達成にはかなり運も味方している。

 UEFAチャンピオンズリーグはさらに際どかった。準決勝のユベントス戦はホームで1-1の後、アウェイで早々に2失点。もはやこれまでという展開から3点を奪っての逆転で勝ち上がる。バイエルン・ミュンヘンとの決勝は“カンプ・ノウの奇跡”と呼ばれているとおり、終了間際のCK2本からの逆転勝ちだった。

悲劇からの再興

 1958年2月6日、ミュンヘン空港。ベオグラードからの帰路、給油に立ち寄ったチャーター機は離陸に失敗、マンチェスター・ユナイテッドの選手8人を含む23人が死亡する大事故となった。“ミュンヘンの悲劇”である。

 9人の選手は事故から生還しているが、2人は復帰できていない。つまり、チームとしては10人の選手を失ったことになる。この事故が起きた段階では、トレブルの可能性を残していた。もし達成していれば、41年後は史上初ではなく二度目だったわけだ。

 このころのユナイテッドは“バスビー・ベイブス”と呼ばれた若い選手たちが破竹の勢いを示して人気があった。そして、飛行機事故への同情もあって国民的人気クラブになった。驚くのは、当面延期されたリーグのウルブス戦を除いて、すべての試合が予定どおり行われたことだ。延期の申し入れはあったがユナイテッド側が断っている。

 生き残った7選手も当然無傷ではなく、マット・バスビー監督も入院していたが、何とか選手をかき集めて乗り切った。生還した選手には今でいうPTSDもあったに違いないが、当時は何の注意も払われることなく、7選手はほどなく復帰している。このあたりはまだ戦後10年という時代背景もあったようだ。何があろうと自力で乗り越えていくほかないという時代の空気である。

 事故後には異常なほどの盛り上がりをみせた人気もしだいに尻つぼみになり、2年も経つと「もうミュンヘンはうんざり」というのが世間の反応だったという。

 1968年、事故から10年後にチャンピオンズカップを獲る。イングランド初の戴冠、バスビー監督のユナイテッドはジョージ・ベスト、デニス・ロー、ボビー・チャールトン(事故からの生還者の1人)という3人のバロン・ドール受賞者を擁していた。

 イタリアでは1949年の“スペルガの悲劇”と呼ばれた飛行機事故でトリノが壊滅している。その後、1976年に一度だけリーグ優勝しているが、“グランデ・トリノ”が再興されることはなかった。しかし、ユナイテッドは悲劇から見事に復活した。このどん底からの再生は、ユナイテッドに独特の精神性をもたらしている。

成功した世代交代

 すべてを成し遂げたトレブルの翌99/00シーズン、リーグ戦では2位アーセナルに18ポイントの差をつけて連覇。わずか3敗のみという圧勝である。

 続く00/01もリーグ優勝して3連覇達成。ユナイテッドはトレブルの勢いを維持していた。このころの主力としては、まずGKにデンマーク人のペーター・シュマイケル。丸太のような腕の勇敢なGKだ。DFにはガリーとフィルのネビル兄弟とオランダ代表のヤープ・スタム。

 中盤には闘将ロイ・キーン、右にデイビッド・ベッカム、左にライアン・ギグス。そしてクラブ史上でも最高クラスの名手ポール・スコールズ。2トップはドワイト・ヨーク、アンディ・コールのコンビがいて、ベテランのテディ・シェリンガムやオーレ・グンナー・スールシャールも健在だった。

 このときのメンバーは、ファーガソン監督下で最初にリーグ優勝した93年から世代交代を行った後の第二世代だ。マーク・ヒューズ、ブライアン・マクレアー、ガリー・パリスター、エリック・カントナといった第一世代は去り、ネビル兄弟やベッカム、ギグス、スコールズのユース出身のホームグロウンが中心になっていた。

 異例の長期政権となったファーガソン監督は何回か世代交代を行っている。トレブルのチームはその最初の成功例だった。しかし、すぐに新たな入れ替えが行われることになった。アーセナルとのマッチレースだったプレミアリーグにチェルシーが加わり、人材獲得競争が激化していく。

(文:西部謙司)

【了】

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