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ヴェンゲルが「特別」な監督だった理由。ヴィエラは3億円、アネルカは…「ワールドクラスは買うのではなく育てるもの」【アーセナル元番記者の回想(1)】

アーセナルを特集した『フットボール批評issue29』から、元番記者が回想する純粋主義者の皮算用とアーセナル文化醸成への手法「アルセーヌ・ヴェンゲルの22年は「うぶ」だったのか」から一部抜粋して全3回で公開する。今回は第1回。(文:スティーヴ・スタマーズ)

text by スティーヴ・スタマーズ photo by Getty Images

単なる名将ではなく「特別」な監督だった理由

アーセン・ヴェンゲル
【写真:Getty Images】

 ヴェンゲルは、任務にあたるや否や、クラブ経営陣からも揺るぎない信頼を寄せられるようになり、内部での発言権を強めていった。マネージングディレクターを務めていたケン・フライアーは、「最初から、移籍金の高さが先行する選手の売買には興味がないと言っていました。必要であれば、獲得資金は用意すると伝えてはあったんですけど」と、当時を振り返っている。

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「アルセーヌが望んだ選手の獲得に動くことを却下したことなど一度もない。彼自身が、補強予算を賢く使いたがっていた。見上げた心構えだ」と言っていたのは、2013年まで在職したヒル=ウッド元会長だ。

 海外の移籍市場にも目が利く指揮官は、費用対効果の高い戦力補強を繰り返した。イングランドでは知られていない外国人選手が呼び寄せられては、タイトルを争うチームの主力として活躍。そのたびにアーセナル経営陣は、単なる名将以上の「特別」な監督を得たという実感を強めていった。

 当人の補強ポリシーは、いたってシンプルだ。

「高価な選手だからといって、移籍先での活躍が保証されているわけではないからね。ワールドクラスの選手とは、買い入れるのではなく、育て上げるものさ」

 このポリシーの正しさを証明する補強成功例は、アーセナルでの就任を待たずに生まれていた。イングランドでは「ボックス・トゥ・ボックス」型と呼ばれる、攻守にダイナミックなパトリック・ヴィエラの獲得だ。ミランからの移籍は、1996年8月14日。ヴェンゲルが、当時のアーセナルがホームとしていたハイバリー・スタジアムの監督室で仕事を始める1カ月半前のことだ。アヤックス入り目前だったCHは、まだ体は日本にあった次期アーセナル監督からの電話を受けて、オランダではなくイングランドに新天地を求めた。

ヴェンゲルがもたらした移籍ビジネスの成功例

 ミランでのヴィエラは、控え組の一員にすぎなかった。だがヴェンゲルには、フィジカルなプレミアリーグへの適応性も含めて、高い能力の持ち主であるという確信があった。

 新監督が「パワーとクオリティを併せ持つ、パーフェクトな新戦力」と、獲得を勧めるフランス人選手の移籍金は250万ポンド(3億4千万円弱)。アーセナルのフロントが異論を唱えるはずもない。移籍から2年足らずで、クラブではプレミアリーグとFAカップの2冠達成、代表ではワールドカップ優勝の原動力となるのだから「大バーゲン」だ。

 アーセナルでは、監督交代を機に移籍ビジネスの成功例が相次いだ。1997 年2月には、ニコラ・アネルカを僅か50万ポンド(約6750万円)で、パリ・サンジェルマンから手に入れている。

 2年後にはレアル・マドリーに引き抜かれてしまうのだが、クラブは、20歳のストライカーと引き換えに、獲得費用の46倍に相当する移籍金を得た。同年の夏には、エマニュエル・プティがモナコから加入。ヴィエラとともに、クラブと代表の双方で栄冠に輝くMFは、中盤の相棒と移籍金の額も同じだった。

 プティ獲得の2週間後には、マルク・オフェルマルスが、700万ポンド(約9億4500万円)でアヤックスから移籍。快速ドリブラーの加入により、チームの攻撃に強力なアクセントが加えられた。

(文:スティーヴ・スタマーズ)

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『フットボール批評issue29』


定価:本体1500円+税

≪書籍概要≫
なぜ、あえて今アーセナルなのか。
あるアーセナル狂の英国人が「今すぐにでも隣からモウリーニョを呼んで守備を整理しろ」と大真面目に叫ぶほど、クラブは低迷期を迎えているにもかかわらず、である。
そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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