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差別と闘い続けるバロンドーラー。代表を外されても信念を貫いたサッカー選手の物語【サッカー洋書案内(1)】

text by 実川元子 photo by Getty Images

小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を決定。このコーナー『サッカー洋書案内』では、季刊誌『フットボール批評』の連載を転載する。

『One Life』


著者:ミーガン・ラピノー
頁数:240頁

差別と闘うバロンドーラー

 ページを繰るごとに興奮が高まり、一気に読み終えるとミーガン・ラピノーが発したメッセージの大きさに圧倒されてしばし呆然とした。アメリカ女子サッカー代表チームのキャプテンだったミーガン・ラピノーが幼少期から現在にいたるまでのサッカー人生を語った初の自伝『One Life=ひとつの人生(もしくはひとつの命)』で、ラピノーが最も力を入れて語っているのは「アスリートとして自分はどのように社会に貢献できるか?」という課題に取り組む生き方についてである。

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 北カリフォルニアのレディングという小さな町で、ラピノーは二卵性双生児の姉妹として生まれ、兄たちや祖母、叔父叔母やいとこたちが同居する大家族の中で育った。家は決して裕福とは言えなかったが、両親は家族を大切にし、ラピノーたちがやりたいことは精いっぱい応援してくれた。おかげでラピノー姉妹は幼い時から地元の男の子たちのサッカーチームに入ってボールを蹴り始め、2人ともまたたくうちに頭角を現して多くの大学からスポーツ特待生として推薦を受けるまでになる。ラピノーは16歳の時からアメリカ代表に選ばれ、順調にキャリアを築いていった。

 だが、大学1年の時に自分がゲイだと気づき、カミングアウトすると母親をはじめとして周囲から示されたマイナスの反応にショックを受けたことが、ラピノーが「差別と闘うアクティビスト」となるきっかけとなった。ラピノーがすごいのは「これはもしかすると差別ではないか? この差別を許しているのはおかしくないか?」と疑問に思う出来事にぶつかると、本を読み、専門家に教えを乞い、活動家の話を聞き、知識と理論を自分が納得いくまで追求し「この問題は私のことだ」と思うようになると、公に声を上げ活動することである。そして常に視線は弱者に向いている。自分が白人の中産階級出身という恵まれた立場にいる社会的強者であることを意識し、自分よりも弱い立場に置かれている人たちのために何ができるかをいつも考えている。

 だから試合前の国歌斉唱の時に片膝をついて頭を下げ、人種差別に抗議する姿勢を示したことは、ラピノーにとっては当然の行為だった。2016年9月、所属するレインFCがシカゴ・レッドスターズと対戦した時のことだ。その後に行われた代表戦でもラピノーは片膝をついて国歌斉唱を拒んだ。その反響はあまりに大きく、アメリカ合衆国サッカー連盟はついに国歌斉唱時に起立して胸に片手をあてるポーズを義務づけるという声明を出すまでになり、従わなかったラピノーはしばらく代表を外された。

 ラピノーは男女間の賃金や待遇格差についても行動を起こしている。2019年ワールドカップ前には27人の同僚選手とともに、性差別的待遇を改めることを求めてアメリカ合衆国サッカー連盟を提訴した。また賞金や待遇の男女間格差についてFIFAを批判している。

 コロナ禍でスポーツイベントの開催が危ぶまれ、オリンピック・パラリンピックも大きな制約を受ける中で、スポーツ選手やスタッフだけでなく、スポーツに夢を求める人たちがどういうスタンスで、またはどういうモチベーションを持ってスポーツを楽しみ、応援すればいいのかが問われている。それに対する正解はないが、『One Life』で語られるラピノーの姿勢はいくらかの参考になるはずだ。ラピノーは最後にこう締めくくる。「すべてが変わりつつある。時代は変わるのだ。だがまだ変化は始まったばかり。さあ、前に進もうじゃないか! 今こそ共に!」

(文:実川元子)

ミーガン・ラピノー
1985年生まれ、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身。アメリカ女子代表として2012年のロンドン五輪で金メダルを獲得。2015年、19年のワールドカップ連覇に導き、19年大会では得点王、MVPを獲得。FIFA女子最優秀選手賞、女子バロンドールも受賞している。

実川元子(じつかわ・もとこ)
翻訳家/ライター。上智大学仏語科卒。兵庫県出身。ガンバ大阪の自称熱烈サポーター。サッカー関連の訳書にD・ビーティ『英国のダービーマッチ』(白水社)、ジョナサン・ウィルソン『孤高の守護神』(同)、B・リトルトン『PK』(小社)など。近刊は小さなひとりの大きな夢シリーズ『ココ・シャネル』(ほるぷ出版)。

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