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マラドーナは「汚れた罪深い神」なのか? 情味あふれるその人間像とは…【サッカー本新刊レビュー:老いの一読(2)】

text by 佐山一郎 photo by Getty Images

9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビューコーナーでは、2021年に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。


『ディエゴを探して』

(イースト・プレス:刊)

著者:藤坂ガルシア千鶴
定価:1,870円(本体1,700円+税)
頁数:221頁

 読んでますか。小生はこの間、試合ばかり読んでいました。EURO2020の51試合にコパ・アメリカ2021。57年ぶりの東京五輪はタケさま(=久保FKどうにかしてくれ建英)の慟哭に思わず涙腺が決壊。「ありがとよ、君のその悔し涙が俺たちの銅メダルだ」とばかりに久々の魂のやり取りが出来ました。

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 まあ、そんな調子で、選書の作業はいつも以上に難航。タケさまの熱情に見合う本気のサッカー本など滅多にないはずだから、本書と出会ったときには喜びというよりも安堵感のほうが上回りました。

 前年11月25日、療養先の別荘で没したマラドーナについては周知のように多くの表層言説と映像で溢れ返っています。小生も86年メキシコ・ワールドカップで伝説の神の手ゴールと5人抜きゴールを目撃できた者の一人ですが、これほど毀誉褒貶の激しい人物はいないというのもまた事実。マラドーナ信奉者のディエゴ知らずで、にわかマラドニアーノが彼を記号としか捉えていないケースだってあるはずなのです。

 美しい装丁の本書は、会うべき人に会う的確で丹念なインタビューに支えられています。著者の筆は掘り起こされた秘話や証言の更なる後日談にまで及びます。前半とくに力点を置いたのは映像の残っていない少年時代の7年間。日本でも知る人ぞ知るエドゥアルド・ガレアーノ著『スタジアムの神と悪魔―サッカー外伝』での至言、「マラドーナ=汚れた罪深い神、最も人間に近い神」説を半ば覆す感すらある「情味あふれる人間像」のディテールが本書の読みどころでしょう。

 ディエゴ・マラドーナの世界観、人間観を伝えるためには、著者・藤坂さんのように他言語を学んで南半球のブエノスアイレスに暮らさぬ限りは到底無理だったのだと読者諸兄姉は再認識をするはずです。大切なのは珠玉を探して地の果てまでも追っかけること。語弊を恐れずに言えば、評者にとっての本書は、弱きを助け強きをくじいてきた男伊達を描く<任侠伝>そのものなのでした。

(文:佐山一郎)

佐山一郎(さやま・いちろう)
東京生まれ。作家/評論家/編集者。サッカー本大賞選考委員。アンディ・ウォーホルの『インタビュー』誌と独占契約を結んでいた『スタジオ・ボイス』編集長を経て84年、独立。主著書に『デザインと人-25interviews-』(マーブルトロン)、『VANから遠く離れて 評伝石津謙介』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎』(小社刊)。スポーツ関連の電書に『闘技場の人』(NextPublishing)。

【了】

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