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広島はなぜサッカー王国となったのか。サッカーがある日常を根付かせるには?【サッカー本新刊レビュー:試合が2倍おいしくなる本(2)】

text by 実川元子 photo by Getty Images

9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビューコーナーでは、2021年に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。

『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』

(エクスナレッジ:刊)

著者:宇都宮徹壱
定価:1,980円(本体1,800円+税)
頁数:256頁

 読後、目次に並んだ47都道府県で私がサッカー観戦で訪れたことがあるところを数えてみた。23都道府県あった。ちなみに3年前に青森県に旅行して私はやっと47都道府県すべてを踏破したことになったのだが、もしサッカー観戦という趣味がなかったら、おそらく今も行ったことがない県が15くらいありそうだ。地元のサポーターとバスに同乗してスタジアムに向かい、アウェーサポーターながら歓迎されて、いい気分を味わい、スタグルでご当地B級グルメを味わい、時間があれば観光名所を訪れる。コロナ禍の今はそんなサッカー観戦旅行はむずかしいが、そんなときこそ本書を開きたい。サッカーのことだけでなく、歴史、観光資源、グルメからマスコットまでわずか3ページに、すばらしい写真とともにぎっしりお楽しみが詰まっている本書で、フットボールでめぐる日本紀行が楽しめるはずだ。

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 本書を読んで私には3つの「発見」があった。1つは、JリーグやJFLに参戦しているサッカークラブがなくて「サッカー不毛の地」と思われているところにも、サッカーを愛する人たちに支えられたサッカークラブが存在すること。たとえば滋賀県。Jクラブがなく、Jリーグ百年構想クラブもないこの県だが、MIOびわこ滋賀というクラブがあり、応援ソングまであるという。野洲高校のセクシーフットボールしか知らなかった私には、新鮮な驚きだった。

 2つ目に、どの地にもサッカーをめぐる歴史があること。広島県の紹介で第一次世界大戦当時似島(にのしま)にドイツ人の捕虜収容所があり、そこでドイツ人から戦術やテクニックを学んだ学生たちが広島にサッカー王国の土台を築いた、という歴史は非常に興味深い。実は私は中学生のときにメキシコオリンピックで銅メダルをとった日本代表に魅せられてサッカーを追いかけるようになったのだが、当時の日本代表には広島のサッカー選手が多かったのを覚えている。そうか、そういう歴史があったのかと目からうろこだった。

 3つ目に、実際に訪れて地元のサポーターや関係者から話を聞くことで、まったく別の視点から現在の日本のサッカーを見る必要があること。「陸上兼用スタジアムは決して『敵』ではない」というコラムで、著者は学生時代に陸上競技の選手だった女性がJクラブスタッフになって「それまで知らなかったスタジアムの風景」に衝撃を受けた、という話を聞いて著者自身が衝撃を受けたエピソードを紹介している。「われわれサッカーファンは、どうしても『サッカーの試合を見る』という前提だけでスタジアムを捉えがちである。(中略)だからといって『サッカーが一番偉い』というおごりは現に慎むべきであろう。サッカーが世界で最も競技人口とファンが多いのは事実だが、だからと言って一番偉いわけではない」

 サッカー人口を増やし、サッカーで地域の活性化を図るという構想では、ついつい東京など大都市の視点からスタジアムや観客動員数やクラブ経営を考えがちなのだけれど、本書のページをめくるごとに、その発想ではサッカーがある日常を日本に根付かせるのはむずかしいのではないかと思えてくる。専用スタジアムがなくても、毎試合何万人も動員できなくても、サッカーのある幸せな風景を広げていくことは可能なはずだ。そのために必要なことを、東京オリンピックの「レガシー」が問題になっている今こそ考えるべきではないだろうか。

 サッカーを追いかけて旅をし、旅をするおかげで日本を肌で感じる機会が得られる。サッカーを通して見えるのは、日本の過去、現在から未来へと続く風景なのだと本書は教えてくれる。願わくはその風景が、本書の写真のように明るく輝くものであってほしい。

(文:実川元子)

実川元子(じつかわ・もとこ)
翻訳家/ライター。上智大学仏語科卒。兵庫県出身。ガンバ大阪の自称熱烈サポーター。サッカー関連の訳書にD・ビーティ『英国のダービーマッチ』(白水社)、ジョナサン・ウィルソン『孤高の守護神』(同)、B・リトルトン『PK』(小社)など。近刊は小さなひとりの大きな夢シリーズ『ココ・シャネル』(ほるぷ出版)。

【了】

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