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ACミラン21世紀ワーストイレブン【MF】現ブラジル代表に元世界最高峰のボランチも

シリーズ:ワーストイレブン text by 編集部 photo by Getty Images

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イタリアの名門であるミランには、これまで数多くの選手が在籍してきた。パオロ・マルディーニらその活躍からクラブ史に名を残す選手が生まれた一方で、期待に応えることができなかった選手も数多くいる。今回は、ミランにおいて21世紀以降に活躍できなかった11名の選手をワーストイレブンという形で紹介する(在籍期間、移籍金、通算成績は『transfermarkt』を参照)。


MF紹介

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【写真:Getty Images】


DMF:マイケル・エッシェン(元ガーナ代表)
生年月日:1982年12月3日
在籍期間:14年1月~15年7月
移籍金:50万ユーロ(約6000万円)
クラブ通算成績:22試合0得点0アシスト


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 チェルシー、そしてレアル・マドリードと名だたるクラブでプレーした後、2014年の冬にミランへ加入した。実力も経験値もある選手だけに多くのものを同チームにもたらすと思われたが、結果は残念なものに。加入後まったくと言っていいほど調子が上がらず、リッカルド・モントリーボやサリー・ムンタリ、ナイジェル・デ・ヨングといった選手たちの影に隠れてしまった。

 2年目も状況に大きな変化はなく、ベンチを温めることがほとんど。終盤戦には怪我を負ってしまい、そのままシーズンの幕を閉じている。結局、ミランでは戦力にならないまま、2015年にパナシナイコスに移籍。2020年にイタリア紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』が公開した「セリエA過去10年の1月補強ワースト10」に、不名誉ながら名を連ねることになってしまった。

CMF:ルーカス・パケタ(ブラジル代表)
生年月日:1997年8月27日
在籍期間:19年1月~20年9月
移籍金:3840万ユーロ(約46億円)
クラブ通算成績:44試合1得点3アシスト

 ブラジルの名門フラメンゴの下部組織出身で、2016年にトップチーム昇格。高い技術と運動量を武器に活躍し、いつしか「カカ2世」とまで称されるようになった。その姿がミランの目に留まったことで、2019年の冬に加入。移籍金はクラブ史上3番目に高い3840万ユーロ(約46億円)とされており、さらにレジェンドのカカに比較されていたことから、小さくない期待を寄せられた。

 ミランでは主にインサイドハーフとしてプレー。1年目は半年間で公式戦17試合に出場とまずまずの出来だった。しかし、2年目に入ると失速。随所で技術力は光っていたが、決定的な仕事はなかなか果たせず。チームのベースが4-2-3-1へと移行してからは、完全に立場を失ってしまった。その結果、加入からわずか1年半後にリヨンへ移籍。高額な移籍金を考えれば、やはり物足りない。

CMF:アンドレア・ベルトラッチ(元イタリア代表)
生年月日:1991年1月11日
在籍期間:15年7月~17年7月、18年6月~19年7月
移籍金:2100万ユーロ(約25億円)
クラブ通算成績:52試合2得点2アシスト

 ジェノアでイタリア代表に招集されるほど大きく成長し、2015年にジョフレー・コンドグビア獲得を逃したミランに2100万ユーロ(約25億円)で引き抜かれた。しかし、結果は散々なものに。1年目はリーグ戦27試合に出場したが、パフォーマンスレベルは決して高くなく『ガゼッタ・デロ・スポルト』が行ったユーザー投票により2015/16シーズンの「ミラン最悪の選手」に選ばれている。

 2年目は怪我によりシーズン前半戦を棒に振ることに。復帰後も調子が上がることはなかった。2017/18シーズンは古巣ジェノアにレンタル復帰し活躍したが、ミランに戻ってきた2018/19シーズンはジェンナーロ・ガットゥーゾ監督の構想外となり、公式戦出場は屈辱的な「0」に終わっている。そして同シーズン終了後、移籍先が見つからない状態のままミランを去ることになった。

AMF:ヨアン・グルキュフ(元フランス代表)
生年月日:1986年7月11日
在籍期間:06年7月~08年7月
移籍金:450万ユーロ(約5.4億円)
クラブ通算成績:54試合3得点7アシスト

 レンヌで若くして10番を背負い、一時は「ジダンの再来」と呼ばれ大きな注目を集めた。そして2006年、多くのクラブで獲得合戦を繰り広げた末にミランに移籍。スターへの一歩を踏み出したかに思われた。ところが、ミランではアンドレア・ピルロやジェンナーロ・ガットゥーゾらの壁に阻まれ、満足いく結果を残せず。2008年に出場機会を求めボルドーに去り、その後戻ることはなかった。

 ミランで活躍できなかった理由は、プロ意識の低さにあったのかもしれない。のちにレジェンドDFパオロ・マルディーニに「ミランでの彼は100%間違っていた。彼は自己管理の仕方が賢くなかった。チームに馴染んでいこうという気持ちも、イタリア語を勉強する気もなかった。戦術に関しても学ぶ意欲がなく、いつも遅刻していた」と苦言を呈されたことからも、それは明らかだろう。

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【了】

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