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第11回「サッカー本大賞2024」優秀作品全作の選評を紹介!

text by 編集部

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サッカー本大賞



サッカー本大賞2024 優秀作品全作の選評を紹介!

 11回目を迎えた「サッカー本大賞2024」授賞式が、4月24日(水) 神田明神 明神会館にて行われ、優秀作品の表彰と各賞の発表が行われた。


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 2023年に出版された多くのサッカー本から選ばれた11作品の選評を一挙大公開。あなたの読みたい一冊がきっと見つかる!

<選考委員による選評>

【大賞・読者賞】

『それでも前を向く』(朝日新聞出版)
宮市亮(著)

 18歳の誕生日に世界屈指の名門アーセナルと契約を結んだ。特別な人だ、宮市亮は。前十字靭帯を3度も断裂して、なお第一線で活躍し続けている。ほんとうに特別な人だ。だけどその人が綴る文章は、凡人のわたしにもグワングワンと響く。たとえばチームメイトのエジルやニャブリやロシツキーを前にするとつい他人と自分を比較して、自分の長所を見失ってしまう。これ、すべての人が通る道だと思う。あるいは多国籍のチームに新加入したとき、みんなの前で何を歌うとウケるかを考えるシーン。どのエピソードも特別な人にしか体験できないことなのに、とても普遍的だ。「スター選手の自伝本」と聞いてイメージするものを遥かにこえて、読み応えたっぷりの人間味があふれた一冊。(金井)

 サッカー選手ならではの「損傷の精神史」があったらいいなと長年にわたって考えてきました。ところが苛烈な<人身消費社会>にあっては、その重要性も縁起の悪い凶事の範疇に追いやられるばかり。そうであるからこそミヤチコお得意のプログレッシブ・キャリーの多発めく本作品には目を瞠りました。

 周知のように著者は18の年から天才たちが集う海外リーグで揉まれてきた現役FW。期待を裏切る5度もの大怪我や故障についての記述はやはり避けて通れません。しかしその繊細で内省的な胸キュン記述は実にソウルフル。辛い現実を理解しようとする思考の中にしか脱出路がないことを身をもって示した、二度とない経験哲学の書──これが私の偽らざる評価です。(佐山)

 私が熱狂的なアーセナルサポーターだからこの本を推している。と思われるかもしれないが、それを抜きにしても本書は大賞に相応しい良書だといえる。まず何よりも、(ライターを立てず)本人が実際にこの文章を書き切っていること。そして、その言葉の端々に実感がこもり、読者を引きつけ、誰もが宮市の物語に入っていけるというのが美点である。文章が技巧的だとか、構成が緻密といったところは正直いってない。けれど、というか、だからこそ、短く吐き出されたセンテンスにはリアリティがあり、その実直な人柄が垣間見える。国内外を問わず、サッカー選手のバイオグラフィは数多生まれているが、その選手のエゴや苦悩を物語として形式化し、最後はカタルシスを読者に与えようとする作為が鼻につく作品が近年は多いように思う。そんな中、本書はじつに潔い。「悔しいことが95%だった」という宮市のキャリアを、お涙頂戴のナラティブにはせず、淡々と、だが力強く前向きに記す。そのシンプルだが、最も難しい方法を彼が選んだからこそ、2022年7月30日、日産スタジアムに掲げられたバナーの言葉が読者にぐっと刺さるのである。(幅)

特別賞

『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)
島沢優子(著)

 オシムさんがジェフの監督として来日したのは2003年、代表監督は06〜07年。ぶっとんだ、痛快な、深みのある人だった。これまでさまざまなメディアが彼を取り上げてきたが、いまやオシムさんのすごさを知らない世代も増えているという。本書は、かの巨人に影響を受けた11人を丹念に取材した1冊。経験豊富なスポーツジャーナリストの確かな筆に導かれて、いま改めてオシム像が立ち上がる。セットプレーの練習を一度もしなかった、「切り替え」という日本語が大嫌いだった、しつこく伝え続けたのは「リスクを冒さないとゴールは生まれない、サッカーも人生も」という哲学だった……。サッカー好きはもちろん、若い人の力を引き出す仕事をしているすべての人に読んでほしい。(金井)

 読む前は、オシム監督の本かぁと少し構えた。すでに多くの書物がオシム氏に捧げられている。言ってみれば類書は多い。だが、違った。オシム監督にかかわった人たちが多くいて、彼らが「何をどう繋げようとしているのか」と具体的に問い続けるならば、そこに「もうひとつのオシムの言葉」が浮上した、と著者は言う。佐藤勇人、羽生直剛のようなチルドレンから、祖母井秀隆、千田善のような、いわば裏方の人々までかかわった数々の人の声を通じて、たしかにもう一度、オシム監督が生き返る。もちろん金言が随所にちりばめられている。たとえば、理想のゴールキーパーとは? と訊かれたオシム監督は、「手が使えるカンナバーロだ」と答えたという。なるほど、と唸りながら笑う。そんな読み方もできるインタビュー本である。(陣野)

 人は他者を鏡にすることで、他者の中に自己像を見い出す。そんなことを言ったのは精神分析家のジャック・ラカンだったが、本書も今は亡きイビチャ・オシムの近くにいた様々な人物の言葉から、オシムという名指導者を、そして人間そのものを浮かびあがらせようとした意欲作である。2021年から何年もかけて丁寧に続けた取材は的確にまとめられ、候補作の中でもその読みやすさと情報の凝縮感は随一の評価だった。選手、コーチ、チームドクター、通訳など異なる立場の語り手たちは宝箱を開けるように大切なオシムとの記憶を開示し、それを多角的な視点で切り取り章立てにしている。著者が直接オシム本人と対峙したことがないことが(逆に)奏功し、書き手の感情や思い入れがインタビュイーの想いと混同することなく、言葉の純粋な抽出に成功している。強いていうなら、有吉佐和子の小説『悪女について』ではないが、章が進むにつれて対象への理解が深まるどころか謎が増えてくるような構成でも読んでみたかった。(幅)

【名著復刊賞】

『スタジアムの神と悪魔――サッカー外伝・〔改訂増補版〕』(木星社)
エドゥアルド・ガレアーノ(著/文)/飯島みどり(訳)

 長いあいだ1998年に刊行された『スタジアムの神と悪魔』がマイ・モスト・フェイヴァリット・サッカー本だった。あの本のおかげでサッカーは人生の断片であり、エピソードの集積であり、文学であることを知った。あれ以来、ウルグアイという国名を聞くと胸がキュンとなる。なんとその本が改訂増補版となって再び目の前に現れた! 造本はおしゃれなスイス装、読みやすい縦組み、索引付き。なにより1998年から2014年までのワールドカップについて増補原稿が味わえる幸せにわたしは打ち震えた。審査員一同、打ち震えた。そして「名著復刊賞」なる賞を新たに創設してしまったのである。何年経っても古びないサッカー本を見事に復刊してくれた関係者のみなさまに心からの拍手と「ブラボー!」を。(金井)

【戦術・理論賞】

『フットボールヴィセラルトレーニング 無意識下でのプレーを覚醒させる先鋭理論[導入編/実践編]』(カンゼン)
ヘルマン・カスターニョス(著)/進藤正幸(監)/結城康平(訳)

 見えないものを形にして伝えるのは難しい。ところが、本書は「無意識」という認知の向こう側にあるものを分かりやすくも厳密に伝えることに成功した稀有な本である。サッカーにおける無意識下でのプレイを覚醒させるというこの先端理論を伝える本ではあるが、他のスポーツや仕事の現場、緊急時の対応など、あらゆる分野にこのヴィセラルトレーニングのメソッドは応用できるに違いない。一方で理論に拡張性があり過ぎるゆえ、どうやってサッカー本として地に足をつけるかが重要だったと推察する。その点で本書は、サッカーファンなら誰もが知る選手の一言や記憶に残るプレイ、指導者の言葉や理論をうまく導入としながら、この複雑なコンセプトをちゃんと実装可能なトレーニングにまで落とし込むことに成功した。本書の導入編、実践編は表裏というより一体。どちらも欠くことができないように思えるゆえ、(『ジダン研究』ほどではないが)合本の厚い1冊にしてもよかったのではないかとも思った。(幅)

優秀作品7作品

『戦術リストランテVII 「デジタル化」したサッカーの未来』(ソル・メディア)
西部謙司(著)

 アナ、デジ二分法でのトレンド分析に成功しています。ここまでくるともはや至芸の域。妙な言い回しになリますが、サッカー観戦から離脱した人たちが再び戻る上でのきっかけになる一冊と言っても良いでしょう。ボブ・ディランの名曲「マイ・バック・ページ」風に言えば、あの時の僕は今よりずっと老けていて、今の僕はあの時よりずっと若い──。なぜかそんな読後感に至ります。

 不思議な読後感の理由は、変化の捉え方に一日の長どころか、二〇年、三〇年分の長所(執筆経験と技能)が感じられたからです。俎上に載せるのは、ペップ・シティに代表されるプレミア、ドイツ、スペインの先進的クラブ。代表チームはイタリア、デンマーク、そして2022カタールW杯の日本。巻末の高校サッカー指導者(*関西のバルセロナ=興国高校内野監督)との対談も双方に大局観と明晰さがある玄人受けする内容です。サヤマの評価は松竹梅での松(大賞)だったのですが……。(佐山)

『森保ストラテジー サッカー最強国撃破への長き物語』(星海社)
五百蔵容(著)

 カタール・ワールドカップ終了後、その余韻に浸るかのように出版された本書では、森保一監督の「戦術」を、サンフレッチェ広島まで遡りつつ通史的に概説する。だが、何と言っても本書の特徴は、ワールドカップ本番での試合一つひとつを振り返りながら、その具体的な戦術を分析しつつ、開示したところにある。こんな反省的で役に立つ分析はなかなかない。度肝を抜かれたドイツ戦。不完全燃焼だったコスタリカ戦。そして「体幹直下にボールを置け」という指令の下のスペイン戦。変幻自在のクロアチアに対して、こちらの強みをロックされながらも、なんとか先制点を挙げた、あのクロアチア戦。戦略こそ卓越していたものの、これから必要な戦術とは何か。本書の結論の先に日本代表の未来があるのかもしれない。(陣野)

『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』(エクスナレッジ)
ひぐらしひなつ(著)

 今回のサッカー本には、複数人から構成されるインタビュー集や人物ドキュメンタリー集が多かった。一人ひとりのことばや考え方は違うのに、集まることで見えてくる世界がある。なかでも抜群に光っていたのが本書だ。登場するのは派手なサッカー人ではないし、J2やJ3のチームもはっきり言って馴染みがうすい。それなのにどの章も人間ドラマの深みに引き込まれる。監督たちが語ることば──忘れられない試合、勝負の綾、自負と失敗談──も魅力的だが、ストーリーテラーの地の文も小気味よい。たとえば「22チームが昇格と降格の狭間でシノギを削るJ2を主戦場に生きてきた男だ。その道はまさに修羅道、喧嘩の仕方は誰よりも知っている感ハンパない。」(「かくしてロックは鳴りやまず 木山隆之」の項)とかね、キレキレなんです。(金井)

『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(ソル・メディア)
長束恭行(著)

 著者はもう長い間、クロアチア代表を追いかけてきたスペシャリスト。集大成のようなこの本を紐解くと、サッカー代表のみならず、クロアチアという国にハマる理由がよくわかる。とにかく代表チームは「家族」であり、友情や信頼こそがチームを作る、という基本的な考えが徹底したチームだったのだ。もちろん、私たちは日本代表がカタール・ワールドカップのベスト16で対戦した相手のことを忘れてはいない。なぜかワールドカップで対戦することの多いこの国の、スーパースター、ルカ・モドリッチ以外の多くの選手にも頁が割かれた本書によって、私たちはクロアチアの扉を開けることになる。クロアチア代表取材歴22年の分厚い経験が随所に。(陣野)

『ドイツサッカー文化論』(東洋館出版社)
須田芳正(著)/福岡正高(著)/杉崎達哉(著)/福士徳文(著)

 今は各自が好きな国のリーグを持てる時代ですが、日本の場合は昔からドイツが一番人気。ただ、二言目には「ドイツでは」「イタリアでは」の「出羽守(でわのかみ)」だけは遠ざけたいところ。でもそんな思いこみは見事に裏切られます。第5章の「最前戦レポート」では、あまり自慢できないドイツの指導者の給与事情にまで踏み込んでいます。ついでに言えば、「ゲルマン魂」という言葉も実は存在しないそうです。

 共著者4人で構成されたこの本は、フットサルの日本代表とコーチを務めた元慶應大ソッカー部監督(須田)がいたり、高校時代にインターハイ、高校選手権で得点王を取った大学の先生(福士)がいたりで、著者プロフィールからしてユニークです。学術系の趣でありながらも、エディターシップが行き届き、武藤嘉紀&室屋成両選手へのロング・インタビューもあってアカデミアとジャーナリズムの垣根が溶けています。

 テーマの細分化が進み、必要以上にタコツボ化するなか、サッカー強豪国ドイツの全体像に迫ることは簡単な試みではなかったと思います。この本は殊勲、敢闘、技能の三賞全部の要件を満たしています。(佐山)

『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』(ソル・メディア)
アレッサンドロ・ビットリオ・フォルミサーノ(著)/片野道郎(著)

 サッカーほど、戦術の革命的進展を期待されているスポーツは存在しないのではないか、と思う。フォルミサーノは、アリーゴ・サッキの「戦術的秩序」(幾何学的に分割された複数のラインによって構成され、ラインはコンパクトに保たれなければならないという概念)を1.0と規定し、さらに、グアルディオラのバルセロナが2.0をもたらした、と規定する。グアルディオラは、ボールこそがゲームのなかでスペースと時間を支配する唯一絶対の手段であると位置づけた。では、3.0とは何か。「戦術的秩序の流動化」というのがいちおうの定義だろう。つまり攻撃とか守備とかの区分が消失し、ポジションという概念が失効する。あらゆる対立項の解消こそが3.0なのである……。3.0でスペースを規定するのは、関係性である。明快な語り口だが、「関係性」と言われてもなぁ、と少しモヤモヤもしました。(陣野)

『聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜』(アスリートマガジン)
今西和男(著)

 元祖GM、育将、師父、森保一の発掘者──というふうに氏の功績と人望は認められていても、どこか広島ローカルにとどまる地味な存在。そんな不当とも思える評価を払拭する本がこの本でした。

 東京教育大(現・筑波大)出身者らしく、全般的に教育者の訓示めくきらいはあるけれど、妙な生臭さがなく、全編を通じて真っ当とはこういうことなのだなと思わせる不思議な安定感が漂います。もっと言えば、癒し効果抜群のおじいちゃんの知恵。この国のサッカー言説の欠落部分がまさにそこにあります。以下のセンテンスなどはもうとりわけて胸にしみます。

<スポーツの醍醐味は「うまくなる、勝つ、世界一になる」ということよりも、「共に動く、見る、話す、聞く、考える」ことによって「共感を生むこと」にあるのではないだろうか>

 欲を言えば、これに「読む」もつけ加えてほしかったです。(佐山)

【了】

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