サッカー日本代表は14日、国際親善試合でブラジル代表と対戦し、3-2で歴史的な逆転勝利を収めた。この日、ゴールもアシストも記録していない堂安律。だが、日本の10番は前半の劣勢を受けてロッカールームで声を掛け、チームを鼓舞する役割を担った。「本大会で勝たないと意味がない」と気を引き締める堂安は、すでに次の戦いを見据えている。(取材・文:藤江直人)
「拓実くんと僕が先頭に立って…」

【写真:Getty Images】
ゴールを決めた3人のなかに名前は見当たらない。アシストもマークしていない。
それでも、大逆転劇の末にブラジル代表からもぎ取った歴史的な初勝利の立役者を問われれば、日本代表の「10番」を挙げないわけにはいかない。
26分、32分とあっけなくゴールを奪われ、屈辱的な大敗を喫する結末も脳裏をかすめかねない試合展開のなかで、堂安律はもどかしさを胸中に募らせていた。
「航くんがいないとか、滉くんがいないとか、薫くんがいない状況で、ちょっとネガティブな雰囲気を変えようとする選手が少ない、といったところは正直、前半を戦いながら感じていた」
キャプテンの遠藤航も、ディフェンスリーダーの板倉滉も、そしてドリブラーの三笘薫も負傷で招集されていない今シリーズ。ならば自分がいる、と言わんばかりに堂安はハーフタイムに行動を起こした。
「チーム的にも若いし、まだまだ経験の浅い選手が多いなかで決してネガティブにならず、ポジティブにトライしていこうと、拓実くんと僕が先頭に立ってロッカールームで声をかけていました」
実際にどのような声をかけていたのか。こう問われた堂安は、こんな言葉を返している。
「チーム内で意見し合おう、と」
「森保さんが外から見ている感覚に対して、みんなはどう感じているのか。そういった選手の意見も聞いて、それらを擦り合わせながら『これでいこう』という決断をチーム内で話し合えた。思ったことは言ったほうがいいので、ぼそぼそとそのへんで何か不満を漏らすよりもチーム内で意見し合おう、と」
ゲームキャプテンを務めた南野拓実は「この試合はまだ死んでいない。1点を取ったら必ず勝負にもっていける」とチームを鼓舞し続けた。おそらくは堂安も、同じニュアンスの言葉を繰り返したのだろう。
全員で擦り合わせた答え、つまり後半の戦い方は何なのか。
堂安は「殴り合いにいった」と独特の表現を介して、前線から積極果敢にハイプレスを仕掛けていく形へ戦術を変えたと振り返った。
「前半はちょっと引いたミドルブロックで臨んだ分だけ体力を温存できていた、というのもある。これまでの代表の戦いでは『主体的に』というテーマのもと、前半からガンプレしていくなかで後半はエネルギー不足になりがちだったけど、今日はどちらかというと後半からエネルギーを入れた感じだった」
堂安が言う「ガンプレ」とは、要は「ガンガンとプレスをかける」の略語。前半から180度変わった日本代表の戦い方がブラジル代表を惑わせ、追撃の1ゴールにつながったのは後半開始早々の52分だった。
「一見すると相手のミスのおかげに…」
守護神・鈴木彩艶のロングフィードを上田綺世が後方に落とす。ボールを拾った堂安の前方へのパスは味方に合わなかったが、パスを受けたキャプテンのカゼミーロへ真っ先にプレスをかけたのも堂安だった。
カゼミーロはたまらず近くにいたルーカス・パケタへパス。ここでも鎌田大地が猛然とプレスをかけてきた。
そして、パケタがペナルティーエリア内のファブリシオ・ブルーノへボールを下げた次の瞬間だった。
上田がかけてきたプレスを回避しようと、ブルーノはセンターバック(CB)を組むルーカス・ベラウドへ横パスを送る体勢に入る。この時点ではパスコースを遮ろうとスプリントしてきた南野に気づかなかった。
だからこそ、ブルーノはベラウドへのパスをやめようとして尻もちをついた。それでも右足は止まらない。ブルーノからのプレゼントパスを冷静にゴールへ流し込んだ南野へ、堂安は思わず声を弾ませた。
「一見すると相手のミスのおかげに映りますけど、そのなかでもしっかりと戦術があったし、サポーターの雰囲気もよくなり、チームにとっても『いけるんじゃないか』と思えたゴールでした」
森保一監督は直後の54分に、故障明けの久保建英に代えて伊東純也を投入する。東京スタジアムのピッチに勢いよく入ってきた伊東からかけられた言葉に、堂安はひらめくものを感じたと明かす。
「そのへんはすげえと…」
「本来ならばタケ(久保)がいたシャドーに僕が移って、純也くんがサイドに回るところを『律、そのままで』と純也くんに言われたので。それまでも僕が外で起点になるシーンが多かったので、純也くんをシャドーに置いた森保さんの意図は『純也くんを走らせたいのかな』と。そのへんは『すげえ』と思いました」
堂安を驚かせた場面は62分に訪れる。DF渡辺剛の縦パスを敵陣に入ったあたりで伊東がワンタッチで落とした直後。右タッチライン際にいた堂安は、縦へ走る伊東へのワンタッチパスを選択した。
「前方のスペースが見えていたので『純也くん、そのまま走ってくれ』と思いながらパスを出した。純也くんも『絶対にパスが出てくるとわかっていた』と言ってくれたし、本当にいい攻撃だったと思う」
阿吽の呼吸で抜け出した伊東のクロスはファーへ。逆サイドを詰めてきた中村敬斗のボレーを、ブルーノが今度はクリアミスを犯す。右足を弾いてゴールネットを揺らす同点弾を決めた中村のもとへ真っ先に駆け寄り、笑顔で抱き着いたのは、伊東へパスを出した直後に全力でゴール前へ詰めていた堂安だった。
右ウイングバックで先発した堂安は32分にブラジル代表の2ゴール目を決めた右ウイングで、イングランド・プレミアリーグのアーセナルに所属するガブリエウ・マルティネッリと何度もマッチアップした。
それでも今シーズンにブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトへステップアップした27歳は言う。
「誰がどう来ようとも…」
「ビッグクラブの選手たちと対戦しても名前負けしなくなっているし、誰がどう来ようとも普段からそういう相手と戦っているので、特に何も思わずに戦っていました。たとえ背後を突かれたとしても、後ろにCBが3枚いるから、多少リスクを冒してでもボールを奪いにいけたと思っている」
守備で激しいデュエルを厭わず、攻撃でも久保、伊東とタイプの異なるシャドーと柔軟にコンビを組んだ。
そのうえで強靱なメンタルで森保ジャパンを内側から鼓舞し続けた堂安は、上田のゴールでついにリードを奪った展開で迎えた85分にお役御免の形でベンチへと下がり、歓喜の瞬間を笑顔で見届けた。
後半に戦い方を変えて、ギアをあげて逆転する日本の戦い方は、堂安によれば「戦術カタール」と命名されているという。
いうまでもなくグループリーグでワールドカップ(W杯)優勝経験のあるドイツ、スペイン両代表をともに後半に入っての逆転劇で撃破。世界を驚かせた3年前のカタール大会にちなんだものだ。
「僕たちが冗談で言っている『戦術カタール』が今日もはまりましたけど……」
ブラジル代表に真っ向勝負を挑んだ末にもぎ取った初白星を喜びながらも、自身と渡辺との間に抜け出されたマルティネッリに決められた追加点を「0-2になると、W杯本番ではきつい」とこう続けた。
「僕のマークなのか、あるいは剛くんなのかはいまから映像を見直したいけど、1失点なら、0-1のままなら大丈夫という感覚はW杯のドイツ戦とスペイン戦から学んだ。決勝トーナメントだけでなくグループリーグでも2失点目が致命的になるし、だからこそ失点は少ないに越したことはないので」
ミドルブロックを敷いて前半に臨んだ理由は、ヴィニシウス・ジュニオールを中心とする相手の強力3トップと対峙するうえで、最終ラインの選手たちからあがった「スペースを与えてしまうとやはり怖い」とする声を話し合いのなかで尊重した結論だという。それでも堂安は「振り返ってみると……」とこう続ける。
「勝利に水をさすようで申し訳ないけど…」
「相手もメンバーを変えてきたなかで、最終ラインからのビルドアップもちょっと不安定だった。それに早めに気づいていれば、前半の30分くらいで一回でも(ハイプレスに)いってもよかったんじゃないかと正直、思っていて。仮定の話になるけど、そうしておけば2失点目はなかったかもしれないので」
1989年7月の初対戦から36年。過去に2分け11敗、5得点に対して35失点と攻守両面で歯が立たなかったサッカー王国から待望の初勝利をあげた。
2025年10月14日を「間違いなく大きな一歩になったし、歴史を作った素晴らしい一日になった」と位置づけた堂安は、こうつけ加えるのも忘れなかった。
「勝利に水をさすようで申し訳ないけど、W杯本大会で勝たないと意味がない。彼らが本大会と同じテンションで来ていたのかはわからないけど、僕たちも手放しで喜ぶ時間はないはずなので」
すべては目標に掲げる世界一へのマイルストーン。至福の喜びを仲間たちと共有しながら、特に前半に顔をのぞかせた課題もしっかりと見据える。
第2次森保ジャパンで空き番になっていたエースナンバーを託されて2年あまり。
ピッチの内外で堂安は誰よりも「10番」が似合う存在になりつつある。
(取材・文:藤江直人)
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