ミヒャエル・スキッベ監督就任4年目を迎えた今季のサンフレッチェ広島はYBCルヴァンカップを制し、天皇杯でも準決勝に駒を進めているが、明治安田J1リーグ優勝は現実的に厳しいものとなった。広島がリーグ優勝するためには何が必要なのか、戦術的な視点で多角的に考えていく。(文:らいかーると)
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ミヒャエル・スキッベ監督率いるサンフレッチェ広島の現在地
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YBCルヴァンカップで2度目のタイトルを獲得したミヒャエル・スキッベ監督。新スタジアムを追い風にして、一気にビッククラブへと成長していくサンフレッチェ広島にとって、スキッベ監督就任後に定着、移籍してきた選手たちにとってこのタイトルの獲得という経験はかけがえのないものとなるだろう。
ひとつのタイトルの獲得が川崎フロンターレの快進撃に繋がっていったことは記憶に新しいのではないだろうか。
一方で、ルヴァンカップファイナルの後には、今季でスキッベ監督の契約が切れるのではないだろうか? という報道がなされた。さらに言えば、ルヴァンカップファイナルまでの広島は、FC東京、蔚山HD、横浜F・マリノスとの3連戦で結果を残すことができずに、リーグ戦のタイトル争いから離脱することになってしまっている。
もしも、ルヴァンカップでタイトルが取れなかったら、監督交代の機運は高まっていたかもしれない。新スタジアムを手に入れ、残留が目標ではない広島の現状を顧みながら、スキッベ監督に率いられた広島の現在位置について考えていきたい。
スキッベ体制は2022年に始まっている。2022、2023年は3位、2024年は2位の結果を残したスキッベと契約を更新しない選択肢を取ることは、今季でノータイトルだったとしても困難と言えるだろう。優勝まで目前に迫っている広島の2024年のトップチーム人件費は26億8200万円で、全体の5位だ。
現時点での2025年の順位と照らし合わせて見ても、広島よりも人件費が高いチームで順位が上のチームはヴィッセル神戸くらいしかいない。金銭的な面を考慮すれば、広島は優勝を目標に置く立場にまで成長してきている。
現状の広島は育成にこだわりすぎることなく、即戦力の補強も可能となってきたチームと言えるのではないだろうか。
リーグ優勝への「あと一歩」はなにか?
優勝を目指すとなると、この3年間を振り返ってみれば、あと一歩が足りないことが結果からもよくわかる。この「あと一歩」を手に入れるために現スタッフの維持をするか、新しいスタッフを連れてくるかが、広島の悩みどころになっているのだろう。
この「あと一歩」がなにかはすでに明確に共有されている。広島はマンマークを基調とするハイプレッシングとロングボールによる速攻を武器としている。一方で、ボールを持たされたときに、ゴールに迫り続けることはできるけれど、どうしてもゴールに届かない試合が多くなってきているのだ。
もちろん、相手を押し込めば、セットプレーの回数は増える。セットプレーのキッカーは豊富に揃えており、高さも十分なチームだ。ルヴァンカップファイナルのように困ったときのセットプレーが炸裂すれば広島の計算通りに試合となるが、毎試合のようにセットプレーが炸裂するほどに都合のよいことばかりが起きるわけではない。
ボール保持からの攻撃に注目してみると、中島洋太朗、トルガイ・アルスランが試合に出ているときは、スムーズに試合が進んでいく事が多い。このコンビは味方に時間とスペースを配ることができるからだろう。実際に前線の選手がビルドアップの出口となるほうが効果的な試合において、川辺駿が前線に途中から起用される試合もあった。
川辺駿より加藤陸次樹を優先する方針
ただし、2024年に3CFと勝手に形容していた広島の前線の陣容は、ゲームメイクよりはチャンスメイクとフィニッシャーとしての振る舞いと、相手のディフェンスラインとのフィジカルバトルでも屈しないことの両立が求められている。つまり、前線で起用するならば、川辺よりも、加藤陸次樹を優先するチーム方針となっている。
前線の選手たちの役割として、周りの選手に時間とスペースを配るゲームメイクや、ビルドアップの出口となるためにボールを受けに下がることの優先順位は決して高くない。
これらのプレーの優先順位が高ければ、森島司や満田誠がチームに残っていれば中心として今でも活躍していた可能性は高い。2人ともに移籍先のチームで、セントラルハーフで起用されている現状は面白い因果だが。
つまり、優勝するためにはボール保持が足りないとして、ボール保持を解決するために前線に中盤仕草のうまい選手の起用で解決する方法は、実際の試合でも見せている。しかし、継続した起用を見ない限り、その姿は本来の広島の姿ではない、という流れが状況を複雑にしている。
怪我による離脱がなかったとすると、中島とアルスランがどれだけ前線で出場機会を得たか、来季の楽しみにしておきたい。
人を基準とするマンマークを得意とする広島において、前線の選手たちに相手がそばにいても関係ないフィジカルを要求することは不思議ではない。さらに、前線の選手たちが立ち位置を変化させて、相手の守備の基準点から自由になる、相手から離れることで時間とスペースを作り出すことをスペースメイクとし、セントラルハーフの選手が6人目として攻撃参加する形は非常に理にかなっている。
一方で、流動的な攻撃やセントラルハーフの飛び出しはどうしても運動量を要求されることとなる。3センターバックの最後の仕上げのような攻撃参加も広島の武器のひとつになっている。実際に佐々木翔や中盤で起用されることのある塩谷司たちの攻撃における貢献度は高い。
ただ、信じられない試合数をこなしていけば、疲労をどこかで抑える必要だって出てくる。攻撃のサポートが減れば、どうしても前線の選手に対して理不尽な力を発揮しもらう必要が出てくる。
しかし、ゴール前でわかりやすい質的優位を発揮してくれた大橋祐紀の移籍以降、その後継者は見つかっていないのが現状だろう。
中野就斗と東俊希が放つ異彩
かつてのミシャ式時代は、サイドからの質的優位を相手に押し付け続ける広島だったが、現状のウイングバックは相手に質的優位を押し付けることはできていない。どうしてもサイド攻撃の結末はシンプルなクロスになることが多いので、前線の選手にクロスにあわせるスキルに長けた選手を起用したくなることは当然の帰結だろう。
ウイングバックでスタメン起用されている中野就斗と東俊希は、間違いなく広島のキープレーヤーとなっている。なお、2人ともに他のポジションのバックアップもこなしているところがあつい。
中野は右サイドで異彩を放っている。もともと守備の選手だったためか、サイドアタッカー的な要素は少ない。ただし、比較的に争いの少ないサイドで空中戦の的になれることはチームにとって、大きなオプションになっている。
また、ロングスローの投げ手としてルヴァンカップファイナルでの活躍も記憶に新しいのだろう。個人的には3バックでスタメンになるかと思ったが、ときには裏抜けも行うこと、根性でクロスまでいけること、空中戦の的になれることから右ウイングバックとして欠かせない選手になっている。
東俊希のバックアッパーは誰かいないのか?
東は左サイドを支え続けている。昨年は「東のバックアッパーは誰かいないのか」レベルの働きであった。今年はセントラルハーフでのプレーも増えたが、菅大輝が加入しても東俊希の価値は揺るがなかった。
広島のセットプレーのキッカーとして欠かせない存在であり、逆サイドからのクロスにフィニッシャーとして関われる選手だ。中野と東はシンプルな質的優位はなくても、他の分野でチームに欠かせない選手になっていることはよくわかる。
強いて言うならば、中村草太が最も質的優位を発揮してくれそうだが、サイドで使うにはもったいない決定力とスピードがある。大橋が担っていた役割の後釜になる可能性がある中村をサイドで使うことは非常にもったいないのではないだろうか。
両サイドをこなす新井直人はバックアッパーとして、菅は東俊希の代役としてセットプレーのキッカーを務めながら左サイドを支えている。2人ともにキックの精度は非常に高いことをみると、サイドアタッカーに突破よりもクロスの質をチームとして求めていることがわかるのではないだろうか。
また、疲労がたまるにつれて、自陣では【5-4-1】よりも【5-2-3】で守る雰囲気が増えていく広島において、ウイングバックの献身性と守備力を多く求める傾向にある。よって、サイドで質的優位をもたらしてくれるような選手が、守備の役割をこなせるかを考えると、両方を実現してくれそうな選手はJリーグを見回しても数少ないのが現状だろう。
最大の問題に見えないけれど、問題になっている「セントラルハーフ」
大迫敬介、塩谷、佐々木、荒木隼人の4人が広島の中心であることは間違いない事実だろう。広島の3バックは、さらされた状態でも相手を止めることでチームを成り立たせている。数的同数を受け入れろというけれど、言うは易く行うは難しであることは言うまでもない。
特に荒木は日本代表にまで上り詰めたのだから立派だ。3バックを何とか乗り越えたとしても、ゴールに控えている守護神は大迫。もっとシュートストップの機会が多いチームに行けば、常にハイライトに載りそうな実力がある。
3バックの替えがいないことはずっと問題視されてきている。中野くらいしか選択肢がないように見えたが、キム・ジュソンを左CBとして起用していくことで、とうとう3バックの負荷が軽減される可能性が出てきた。さらに、山崎大地もチャンスをもらうようになってきているので、是非ともチャンスを掴んでほしい。
そしてある意味で最大の問題に見えないけれど、問題になっているのがセントラルハーフ部門だ。スタメンは川辺と田中聡。川辺はほとんどの試合でスタメン出場を続けている。田中聡も健康なら迷いなくスタメンになっている。
代えの選手はベンチにおらず、左ウイングバックの東と右センターバックの塩谷だ。中島が前線と中盤のどちらで起用されるかの答えは来季にとっておきたい。
田中聡と川辺駿を同時起用する必要はない
「前線の選手にどのようなタイプの選手を起用するか?」のひとつの答えとして川辺の名前を上げた。実際に起用されたこともあるので、絵に描いた餅ではないだろう。ただし、問題は、餅は餅屋理論からは離れていくことになる。
6人目としての攻撃参加も期待されているセントラルハーフのコンビは、お互いに自分の持ち場を延々と守りながら自分たちのボール保持を安定させることを本職としていないことが地味な問題となっている。
幅広いエリアを守り、最後の会心の一撃を放ちまくっていた湘南ベルマーレ時代を思いだしてみても、田中を中盤の底に固定することは本人の持ち味を消すことに繋がってしまう。
川辺も同じで、かつて日本代表で試合をみたときに両サイドのハーフレーンに飛び出しまくっていたことが印象に残っている。6人目の攻撃参加としてのプレーは期待できるだろうけれど、それが得意な選手を同時起用する必要はまるでない。
むしろ後ろでバランスを確保できる選手を大募集となっている。特に塩谷のようなバランス感覚でプレーできる選手が必要だ。いざとなったら、最終ラインに降りて、ボール保持を安定させられる塩谷のキャラとプレーは矛盾していない。
ただし、チームとしての要求として、いざとなったらゴール前に飛び出せる選手を欲しているならば、川辺や田中と似たようなキャラクターの選手が今後も補強されるだろう。
塩谷が3バックから追い出される形で中盤の貴重な3人目となるのか、新たな選手を補強することで、バランスを確保するのかはチームのレベルをあげるうえでも重要な一手となりそうである。
シフトチェンジするための監督交代はあり
広島の選手の個性を見ていくと、どこのポジションにどのような選手を揃えて起用するかの一貫性があることがわかる。ただし、その一貫性がチームの戦い方を固定することに繋がり、ほんの少しの閉塞感と繰り返される論理的な負けを導くことに繋がっている。
少し意味合いのことなる選手が補強されても、出場機会の少なさからか、求められる基準に達しないためか、あっさりと移籍でいなくなってしまいがちなことも気ががりな点だ。
広島が優勝しなければならないチームでないならば、今の立ち位置に甘んじることも決して悪いことではないだろう。AFCチャンピオンズリーグエリートの出場権を得るか、得られないかの位置にいながらカップ戦と、ときどきのリーグ戦の優勝を目指せる立ち位置がどれだけ恵まれたことだろうか。さらに満員のスタジアムまでついてくるのだから、他のチームは羨むかもしれない。
一方でジャーメイン良、加藤の良さが活かされているプレーモデルなのかというと何ともいえないところなのではないだろうか。
ヴァーレル・ジェルマン、前田直輝も含めて、前線の彼らがもっと個性を発揮できるような戦い方にシフトチェンジするための監督交代はありのような気がしている。もちろん、今のままで中村の覚醒を待つこともやぶさかではないだろう。
補強にも積極的になっている印象が強くなってきたので、どのような選手が補強されるかは楽しみにしている。一貫性のもとに同じような選手を補強するのか、少し異なるキャラの選手を補強するだろうか。レンタル組の小原基樹、井上潮音、満田誠と異なる個性の持つ選手たちが来季にどのような扱いになるかも注目していきたい。
(文:らいかーると)
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