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J2 3週間前

「意図を感じた」水戸ホーリーホック、大崎航詩の“分岐点”になった森直樹監督の決断。そこには確かな信頼の証があった【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

 2025明治安田J2リーグ第38節、水戸ホーリーホック対大分トリニータが行われ、ホームチームが2-0と完勝し、優勝&昇格を決めた。この直後、人目もはばからず涙を流したのが大崎航詩だ。歓喜の瞬間を迎えるまで、様々な感情を抱いてきた男の今シーズンには、ある大きな分岐点があったという。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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「水戸ホーリーホックがいつかこういう景色を見られたら…」

大崎航詩 水戸ホーリーホック
【写真:Getty Images】

 後半途中の時点で水戸ホーリーホックのゲームキャプテン、大崎航詩は必死に涙をこらえていた。

 後半開始早々に大卒ルーキーの多田圭佑が今シーズン2点目となる先制ゴールをゲット。75分には同じく大卒ルーキーで、JFA・Jリーグ特別指定選手として昨シーズンからプレーしている山本隼大がペナルティーエリアの外から鮮やかなミドル弾を一閃した直後から涙腺が緩みだしたと笑う。

「たとえ1点を返されたとしても、1点をリードしている。でも、まだ決まってもいなかったので……」

 ホームのケーズデンキスタジアム水戸で、大分トリニータと対峙した11月29日のJ2リーグ最終節。2位でキックオフを迎えた水戸は他会場の試合結果に関係なく、目の前の大分に勝利した時点で今シーズンの2位以内が確定する。

 クラブ創設31年目にして悲願のJ1初昇格を自力で決められる状況にあった。

 そして2点のリードを全員が体を張って守ったまま、大願成就を告げる主審のホイッスルが鳴り響いた。

 もう我慢する必要はなかった。ピッチの中央で人目をはばからずに号泣した大崎が照れくさそうに笑う。

「みんなもそれぞれの思いに浸りながら、ただただピッチの上で喜びを味わっていました。

 僕自身の思いを明かせば、水戸ホーリーホックがいつかこういう景色を見られたらいいなと思っていましたけど、まさか僕がこのクラブにいる間にこういった最高の景色を見られるとは正直、思ってもいなかったので」

 大崎は6日前にも嗚咽を漏らしている。敵地PEACE STADIUM Connected by SoftBankでV・ファーレン長崎との頂上決戦に敗れ、首位の座から陥落した直後だった。

 前を向けとばかりに、うなだれる仲間たちを鼓舞し、毅然とした立ち居振る舞いを見せていた背番号3が、ゴール裏のスタンドに近づいた直後だった。

 生まれ育った大阪から駆けつけ、最前線に陣取っていた両親の姿を見た瞬間から大崎は泣き崩れた。

「前節は負けましたけど、まだ何も失ってない、というのは自分でもわかっていましたし、ホームで昇格を決められるチャンスが来たのであまり下を向かないようにしていたんですけど……

 その直後に両親から『まだ終わっていないぞ』と励まされて、泣かない選手は多分いないんじゃないかなと思います。

 自分も両親の言葉で少し落ち着いたというか、緊張感が解けた感じになって思わず泣いてしまいました。大阪から水戸の試合にすべて来る両親もそうはいないですよね。

 ちょっと変わった両親から僕はいっぱいの愛を注いでもらってきたので、そこに対して今日は少しばかり恩返しができたのかなと思っています」

 水戸のクラブ公式SNSで長崎戦後の映像が公開され、大きな反響を呼んだ両親はもちろん大分戦でも最前列で息子が夢をかなえた瞬間を見届けていた。

 そして、東海大仰星高校から大阪体育大学をへて水戸の一員になって5シーズン目の大崎は、昨シーズンまでとはまったく異なるポジションで夢をかなえていた。

「ファインプレーだと…」今シーズンの分岐点とは?

「自分で言うのも何ですけれども、今シーズンの分岐点というか、ファインプレーだと思っています」

 同時間帯に行われていた一戦で長崎が徳島ヴォルティスと引き分け、J1昇格にJ2リーグ優勝で花を添えた余韻が色濃く漂う公式会見。昨シーズン途中から指揮を執る森直樹監督がちょっぴり胸を張った。

 自らを褒めたのは左サイドバックを主戦場としながら、開幕直前に左膝を痛めて戦線離脱を余儀なくされた大崎を、復帰後からボランチにコンバートした采配だった。

 今シーズンに栃木SCから加入し、大崎の穴を埋めていた大森渚生が及第点を与えられるパフォーマンスを演じていたのが理由だと指揮官は振り返る。

「どちらかが試合に出ない、という状況は、言い方が悪くなりますけど、ちょっともったいない、というのが自分のなかでありました。

 そして運動能力が非常に高く、ロングスローも担えて、空中戦でも強さを発揮して、ハードワークもできてチームのために戦える大崎は、自分が思い描くボランチ像の持ち主でした」

 大崎自身もコンバートを意気に感じていた。左サイドバックへの未練はまったくなかったと笑う。

「それぞれが自信をもってプレーしてきたポジションから変わるのは、選手によってはプライドの部分もすごく関係してくるかもしれない。それでも僕は、とにかく試合に出て勝てば何でもよかった。

 森さんからは『僕をどうにかして試合で使いたい』という意図も感じていたし、その思いに絶対に応えよう、と」

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