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「孤高のイメージだった」江坂任、ファジアーノ岡山で「グサッと言うけど嫌味じゃない」。常に険しかった表情がほどけたワケ【コラム】

シリーズ:コラム text by 難波拓未 photo by Getty Images
ファジアーノ岡山 江坂任

チームメイトと喜びを爆発させるファジアーノ岡山の江坂任【写真:Getty Images】



 ファジアーノ岡山は12月6日、明治安田J1リーグ第38節で清水エスパルスと対戦し、1-2で勝利した。最終戦を11試合ぶりの勝利で飾り、J1初年度を13位で締めくくった。加入1年目ながら多くの試合でキャプテンマークを巻き、攻撃の司令塔としてチームを牽引してきた江坂任とは何者だったのか。シーズンを通して見えてきたことを紐解いていきたい。(取材・文:難波拓未)[1/2ページ]
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ファジアーノ岡山の江坂任が試合後に見せた柔和な表情の意味

江坂任

ファジアーノ岡山の江坂任【写真:Getty images】

 いつぶりだろうか。いや、初めてだったか。試合後のミックスゾーンに、満面の笑みを浮かべたMF江坂任が登場したのは。

 J1初挑戦のファジアーノ岡山にやってきて1年。

 結果的にリーグ優勝を成し遂げることになる鹿島アントラーズに開幕前のキャンプでのトレーニングマッチで勝利しても、第1節の京都サンガF.C.戦で歴史的な1勝を挙げても、土壇場で追いつき自力でJ1残留を確定させても、背番号8は常に険しい表情だった。

 ゴールを決めるなど活躍した試合であっても、自分のプレーについて多くは語らない。チームとしての良かったところを評価しつつも、これまでの取材で聞いてきた言葉は、チームがJ1で生き残っていくために必要な課題や改善点がほとんどだった。

「相手に戦い方がバレた状態でどう戦うか。試合の流れを見ながら戦い方を考えなければならないという点では、試合経験が少ない選手が多いですし、自分も含めてチームをうまく動かせていない部分もある」

「『もっとボールを受けろ』という話だけでなく、『プレッシャーも受けろ』という話をした」



「堅さが売りの自分たちが前半に2失点、後半に2失点で、4失点しているようでは勝てない。開幕当初や順位が低い時に起こるかと言ったら起こらないと思うので、その辺は緩い部分が出ているのかなとは思う」

「ゴールに向かうためには、ボールを自分たちのものにしないといけない」

 シーズンを通してチームをシビアな目で見てきた中、清水エスパルスと対戦した最終節の試合後は、柔和な表情だった。自身のゴールでチームを11試合ぶりの勝利に導けたことは、もちろんうれしかった。

 だが、それだけではないようにも感じた。10試合未勝利の中で続いていた「良い試合ができているけど、勝ち切れない」というトンネルを自分たちの手で脱出することができたから。

「やっぱり追加点を取れたことが、チームとしての成長だと思います。あのまま1-0だったら追いつかれたかもしれない。今年はなかなかそういう(追加点でリードを広げる)試合が多くなかった。無失点で抑えたかったですけど、良い形で追加点が取れて、何とか最後は勝てて良かったかなと思います」

 その成長とは、自分たちの持ち味であるプレスによって、主導権の奪い合いを制して勝利を手繰り寄せられたことだろう。

木山隆之監督はハーフタイムに1点だけ要求した

江坂任

ファジアーノ岡山の江坂任【写真:Getty images】

 押し込んだ前半の序盤を経て、MF乾貴士をはじめ中盤での流動的なポジションチェンジを捕まえ切れずに守勢に回ると、39分には江坂が相手GKまで猛然と寄せていき、プレスのスイッチをオン。

 これに連動する形でMF木村太哉がパスコースを遮断し、DF本山遥が相手陣内の右サイド深い位置までアプローチし、ボールと相手選手を抑えた。

 MFマテウス・ブエノから乾へのボールは通ってしまったが、その後の縦パスをDF田上大地がカット。陣形から飛び出すような背番号8のプレスで全体が一気に押し上がり、コンパクトさを保って相手陣内でボールを奪うことができた。

 その様子を頷きながら見ていた木山隆之監督がハーフタイムにリクエストしたのは1点だけだった。

「しっかりとしたプレスからスタートしようと。プレスからスタートできれば、相手コートで自分たちが攻撃でき、チャンスをつくれる感じがあったので、とにかく下がらないで、まずプレスからスタートする。そこだけを確認して送り出した」という後半は、再び押し込む展開からスタートした。



 CKも獲得しながらゴールに向かっていくと、63分にDF立田悠悟のロングボールに抜け出したFWルカオが、相手DFに競り勝って先制ゴールを挙げた。

 そして76分、ルーズボール争いを制したMF藤井海和からのヘディングパスをワンタッチで右サイドに展開し、そのままゴール前へ。持ち上がった木村からのピンポイントクロスに江坂が右足ボレーで合わせ、叩きつけるシュートを左隅に決めた。

「若干ボールが浮いてはいましたが、(木村)太哉からあんなに良いボールが来るなんて思っていなくて(笑)。前半にも決めるチャンスがあった中で外していて、やり返したいというか、ゴールで貢献したいと思っていたので、良かったです」

 ほしかった追加点に感情を爆発させ、ゴール裏2階席の端に集まったサポーターを見上げながら手を広げ、軽やかにガッツポーズ。そのまま弾けるような笑顔でウォーミングアップゾーンへ駆け寄り、チームメイトと喜びを分かち合った。

 実は、その直前にピンチがあった。

指揮官も賛辞を送った江坂任のタフさ

ファジアーノ岡山 木山隆之監督 (vs川崎フロンターレ、J1残留決めた日)

ファジアーノ岡山の木山隆之監督【写真:Noriko NAGANO】

 75分のことだ。DF山原怜音のクロスをブエノが落とし、乾がペナルティーエリア(PA)内で右足を振り抜いてきた。これに対し、江坂が身体を投げ出して胸付近でブロック。その直後にも再び鋭く乾に寄せ、食い止めていたのだ。

 そして、タイムアップ間近の90+2分、乾のクロスからDF北爪健吾の折り返しが、PA中央に転がってきた。そこにいたのは、同点ゴールを許したFW髙橋利樹だ。

 非常に危ないシーンだったが、江坂が素早く戻ってシュートコースを遮断。死角から迫ってトラップ際でボールを突き、シュートを打たせるどころか相手にボールを当ててピッチ外に出し、攻撃を寸断させた。GKスベンド・ブローダーセンが歩み寄って称えるほどのプレーだった。

 攻守でタフに90分プレーしながら決勝点を挙げる活躍に、指揮官は賛辞を送った。

「(今節の活躍は)素晴らしいと思う。シーズンを通して言えば、もっとプレータイムを伸ばせたんだろうけど、そこは僕のジャッジの中で1年間、けがなくプレーするために60分で交代させることもあった。



 彼としては十分に90分プレーできるフィットネスがあるので、しっかりとオフを挟んで、来年またやってほしいなと、良いパフォーマンスをまた続けてほしいなと思います」

 リーグ戦全38試合に出場した今シーズンを「総じて楽しかった」とヒーローインタビューで語った後、ゴール裏で勝利の余韻に浸るチームメイトのもとへ向かった。勢いよく走っていくと、花道が作られる。両手を広げながら笑顔で潜り抜け、サポーターに向けてジャンピングガッツポーズを見せた。105日ぶりとなる待望の瞬間だった。

 J1経験のない選手が半数以上を占めるチームにおいて、圧倒的な実績と経験値と実力を引っ提げて加入した当初は、異質とも言える存在だった。

 木山監督は「合流前は孤高のイメージがあった」と言い、MF田部井涼も「最初はオーラがやばかった。前橋育英高校時代に、任くんが出ていた試合のボールボーイをしていて。スター選手というか、最初はすごい選手が来たということで、距離を見ていた」ようだ。

 だが、始動日から練習時に自ら若手に歩み寄ってコミュニケーションを取り、要求やアドバイスを伝え、それを毎日のように行った。

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