
新シーズンに向けて始動したFC町田ゼルビアのバスケス・バイロン【写真:藤江直人】
FC町田ゼルビアは7日、新シーズンに向けて始動した。昨年夏、栃木シティFCへ期限付き移籍したバスケス・バイロンは、今オフ再び町田への復帰を果たした。カテゴリーを下げてでも出場機会を求めた時間は、立場の厳しさと真正面から向き合う日々でもあった。生き残りを懸け、再び厳しい競争へ身を投じる覚悟とは。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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FC町田ゼルビアへ復帰することとなったバスケス・バイロン
昨年夏から半年間、栃木シティFCでプレーしたバスケス・バイロン【写真:Getty Images】
背水の陣で臨む覚悟とともに、バスケス・バイロンは約半年ぶりに古巣へ戻ってきた。
J1リーグで暫定首位に立っていたFC町田ゼルビアから、クラブ史上で初めて臨むJ3リーグで2位につけていた栃木シティFCへの期限付き移籍が、両チームから発表されたのは昨年8月21日だった。
昨シーズンの町田ではカップ戦でわずか2試合、合計で55分プレーしただけ。
リーグ戦では10試合でリザーブに名を連ねるも一度もピッチに立てなかったバイロンは、何よりも出場機会を求めていた。
栃木では14試合に出場。プレータイムは1092分を数え、6ゴール、2アシストをマークした。
ゴールのなかには首位のヴァンラーレ八戸のホームに乗り込んだ昨年10月25日の天王山で、両チームともに無得点で迎えた後半アディショナルタイム95分に決めた劇的な一発も含まれている。
「僕たちの力を信じて戦い、最後に優勝できたら。ここからが本当の勝負だと思っています」
八戸戦後にこう語ったバイロンに引っ張られるように、栃木はAC長野パルセイロに快勝した第37節で2位以内を確定させてJ2昇格を決めた。さらにSC相模原に快勝した最終節ではJ3優勝で花を添えた。
2023シーズンの全国地域サッカーチャンピオンズリーグ、2024シーズンの日本フットボールリーグ(JFL)に続いて昨シーズンとJ3をすべて1年で突破。快進撃を続ける栃木に関われた充実感はあった。
しかし、バイロンは「明確な目標を抱き続けていた」と栃木での日々をこう振り返った。
「自分はJ2ではなくJ1で…」

栃木シティFCのJ3優勝に貢献したバスケス・バイロン【写真:Getty Images】
「しっかりとJ2昇格とJ3優勝に貢献できたし、14試合でゴールもアシストも取れて、最低限の目標も達成できた。それでも自分はJ2ではなくJ1で、日本のトップカテゴリーでプレーしたかった。
ただただその強い一心で帰ってきた僕にとって、この半年(の百年構想リーグ)が町田でのラストチャンスになると思っているので。本当に目の色を変えてやらなきゃいけないと覚悟でいます」
チャンスをくれた栃木で全身全霊のプレーを続けながら、町田の動向も常に注視していた。
デビュー2戦目で栃木での初ゴールをPKで決めたアスルクラロ沼津との第25節。PKを蹴れとバイロンの背中を強く押し、前出の八戸戦の決勝ゴールをアシストした田中パウロ淳一は、バイロンの町田復帰が発表された今月7日に自身のX(旧ツイッター)を更新。盟友へこんなエールを送っている。
「町田の試合ばっか見てたもんな! それはもうしゃーないから、変わらずTikTokのトレンドは教えて!」
チリ生まれ、日本育ち。異色のキャリアを描く男が直面した壁
東京ヴェルディ時代のバスケス・バイロン【写真:Getty Images】
南米チリの首都サンティアゴで生まれ育ち、両親の仕事の都合で9歳のときに来日。読み書きも含めて日本語に堪能なバイロンが、眩いスポットライトを浴びたのは青森山田高校3年次の2018年度だった。
レフティーのバイロンは右サイドハーフとして縦横無尽なプレーを披露。青森山田の2度目の全国高校サッカー選手権制覇に大きく貢献したバイロンへ、当時の黒田剛監督は全幅の信頼を寄せていた。
「彼は縦にも中にも仕掛けられるテクニックをもっているので、その意味では相手が一番嫌がると思う」
卒業後は東北社会人サッカーリーグ1部(当時)のいわきFCへ加入。母国チリのウニベルシダ・カトリカへの期限付き移籍といわきへの復帰をへて2022シーズンにJ2(当時)の東京ヴェルディへ完全移籍。さらに翌2023シーズン途中の7月には、青森山田高校から転身を遂げていた黒田監督に率いられる町田へ完全移籍で加わった。
町田は同シーズンのJ2を制してJ1へと昇格。しかし、自身初のJ1へ挑んだ2024シーズンはリーグ戦で出場13試合、プレータイム708分と思うように試合に絡めない。もちろんゴールもあげられなかった。
この間の2022年5月には、帰化して日本国籍取得を目指す意向を自身のSNSで表明している。
前出したように昨シーズンはリーグ戦の舞台にすら立てなくなった。カテゴリーを2つも落とす栃木への期限付き移籍は危機感の表れでもあり、3カ月あまりの日々で大きな収穫があったとバイロンは言う。