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J1 2か月前

「引き受けた時点で自分はどうなってもいい」大島秀夫監督は横浜F・マリノスのために戦うと決めた。J1残留への分岐点とは【コラム前編】

シリーズ:コラム text by 竹中愛美 photo by Getty Images,Editor

横浜F・マリノス 大島秀夫監督

横浜F・マリノスの大島秀夫監督【写真:編集部】



 昨季、クラブ史上ワーストのリーグ戦7連敗を喫するなど、シーズン序盤から苦しい戦いを強いられた横浜F・マリノスだったが、名門の意地をみせ、J1のステージに踏みとどまった。苦境の中で指揮官に任命された大島秀夫監督が、いま明かす当時の心境とクラブへの思いとは。(取材・文:竹中愛美)[2/2ページ]

【単独インタビュー/取材日:1月25日】

「引き受けた時点でもうどうなろうと自分はどうなってもいいと」

2026新体制発表会で挨拶する横浜F・マリノス 大島秀夫監督

新体制発表会でファン・サポーターに挨拶する横浜F・マリノスの大島秀夫監督【写真:編集部】

「いや、もうホッとした(笑)ハア~って。まだ試合は残っていたけれど、とりあえず、その場は達成感というよりはもう本当になんとか免れたという気持ちの方がすごくて、重いものがすっと取れた感じはありました。

 あの京都戦を振り返れば本当にみんな戦っていたし、ファン・サポーターの皆さんのパワーもすごく感じたし、スタッフの気持ちも(感じた)。そういうのは本当に嬉しかったです」

 残留をつかむにあたっては苦しいことの方が多かったのかもしれない。だが、確実に支えとなった存在がある。

「僕が監督になったということは、選手たち、クラブの代表としてやらなければいけない立場になったということ。その中で選手があれだけ一生懸命、ポジティブにプレーをしているんだから、これはもうなんとしてでも全員で残留するしかないと。

 選手たちに降格を味わわせてはいけない、クラブをそうさせてはいけない。イコール、ファン・サポーターの皆さんもそうさせてはいけない。絶対に来年もJ1でという、もう本当にそういうところだと思います」



 クラブのため、選手のため、ファン・サポーターのため、F・マリノスにかかわるすべての人たちの思いを背負っていたからか、そのような思いが思わず、こぼれ落ちる。

「監督としてのスタートがこのような状況で、これで(J2に)落ちたら、もうどんなキャリアになるんだともちろん考えたし、引き受けた時点でもうどうなろうと自分はどうなってもいいと。だけど、このような状況だからやるしかないという感じでした。今はゾッとしますが、落ちていたらどうなっていたんだろう」

 監督就任のリリースコメントでもその強い覚悟が感じ取れたが、やはり相当な思いでいたことは間違いないだろう。

 今年1月に行われた新体制発表会では、ファン・サポーターから一際大きな歓声を送られた大島監督。その熱はしっかりと受け止めている。

大島秀夫監督は横浜F・マリノスがこれまで築き上げてきたものをベースに新たなチャレンジをする

横浜F・マリノス 大島秀夫監督

宮崎キャンプで選手たちに指導する大島秀夫監督【写真:編集部】

「去年支えてもらってすごくパワーを感じさせてもらったし、それだけF・マリノスに対しての思い、愛を、生活やいろんなものを、全部F・マリノスに捧げてくれているので、その思いには応えなければいけない。

 それは結果もそうだし、グラウンドで起こっている1個1個のプレーとか、全部で感謝を伝えられるようなゲームをして、本当に喜んでもらう。一緒に喜べるのが1番良いかなと。本当に一緒に戦ってくれている仲間・ファミリーという思いが強いです」

 その根底には、現役時代にプレーし、引退後、指導者としてのキャリアをスタートさせた横浜F・マリノスというクラブへの思いもあるように感じた。



「選手でも、また指導者になってもそうやって機会を与えてくれたことは本当に感謝をしています。僕らは去年苦しんだので、あくまでもチャレンジャーだし、自分たちは足りない。慢心してはいけない。みんながそういうチャレンジングでアグレッシブな気持ちで、僕らだったら指導しなければいけないし、選手だったらプレーをしなければいけない。

 そういう文化になっていかないと、いろんな時代ですから、勝ち残っていく、結果を出し続けるのは、もっと根本的なところから大きく強くなっていかないといけないなと感じています」

 F・マリノスがF・マリノスであるために、大島監督はクラブがこれまで築き上げてきた特徴を表現することに加えて、新たなチャレンジも厭わず臨んでいってくれるだろう。

(取材・文:竹中愛美)

【著者プロフィール:竹中愛美】
1990年、北海道生まれ。Jリーグ開幕で世の中がサッカーブームに沸いていた幼少期、「入会したらヴェルディ川崎のボールペンがもらえる」の一言に釣られて地元のクラブでサッカーを始める。以降、サッカーの魅力に憑りつかれた日々を送ることに。ローカルテレビ局時代に選抜甲子園や平昌冬季五輪、北海道コンサドーレ札幌などを取材し、2025年よりカンゼンに所属。FWだったからか、この限られた文字数でも爪痕を残したいと目論むも狭いスペースの前に平伏す。ライターとして日々邁進中。

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【了】
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