横浜F・マリノスの大島秀夫監督【写真:編集部】
昨季、クラブ史上ワーストのリーグ戦7連敗を喫するなど、シーズン序盤から苦しい戦いを強いられた横浜F・マリノスだったが、名門の意地をみせ、J1のステージに踏みとどまった。苦境の中で指揮官に任命された大島秀夫監督が、いま明かす当時の心境とクラブへの思いとは。(取材・文:竹中愛美)[1/2ページ]
【単独インタビュー/取材日:1月25日】
大島秀夫監督にとって「かなり難しいミッション」

一時は最下位に低迷するなど、横浜F・マリノスは昨季、苦しいシーズンを送った【写真:Getty Images】
「もう正直、僕になったときはダントツ最下位で、残留できるかどうか本当にわからないし、かなり難しいミッションだなとは思っていました」
大島秀夫監督がこう振り返るように、昨季の横浜F・マリノスは、今までにないほどの苦境に立たされていた。
イングランド代表のヘッドコーチを務めた経歴を持つスティーブ・ホーランドを招聘し、新システムの3バックにチャレンジ。
F・マリノスが掲げている攻撃的スタイル、「アタッキングフットボール」の再構築を図ったが、開幕から11試合を戦い、1勝5分5敗の18位と成績は低迷。4月18日、ホーランド監督の解任が発表された。
ヘッドコーチを務めていたパトリック・キスノーボが後任を任されたが、中々思うように成績は上向かず、単独最下位、さらには、クラブワーストの7連敗を喫し、わずか2か月でキスノーボ監督は退任となってしまった。
こうして、当時ヘッドコーチを務めていた大島監督が、冒頭に述べていた「かなり難しいミッション」を引き受けることになる。
だからこそ、昨季を振り返ることは容易ではないが、大島監督が並べた言葉に凝縮されているようだった。
「まずは勝つことももちろん大事なんですが、選手が前向きに躍動できるようにと思って始めました。選手たちは本当に意欲的にやってくれました。あまり最初は勝ち点を積み重ねられない、勝ったり負けたりがかなりあった中で、このペースだとちょっと難しい。もちろん、人の入れ替わりがあって、残留するためにはもっと勝ち点が必要。
そのためにはどうするかと悩んだ先の終盤のあのような戦い方になった。ただ、選手たちは本当に信じて、一生懸命そこについてきてくれて、パワーを出してくれたので、最後は選手、スタッフ、マリノスファミリーみんなが1つになって、それを成し遂げられた。残留できたことは最低限ですが、本当に良かったなと思っています」
アシスタントコーチからヘッドコーチ、そして、初めての監督業へ

就任当初の大島秀夫監督【写真:Getty Images】
大島監督が就任した夏には、これまでクラブに貢献してきた主力選手であるアンデルソン・ロペスやエウベル、ヤン・マテウスのブラジル人トリオが退団。
彼らと入れ替わるように、谷村海那やディーン・デイビッド、ユーリ・アラウージョ、角田涼太朗、ジョルディ・クルークス、オナイウ情滋が新たに加わり、残留への険しい道のりをともに歩むことになった。
大島監督の2025シーズンのはじまりはアシスタントコーチだった。そこからヘッドコーチ、そして、監督へと役割が様変わりするわけだが、与えた影響は少なくはなかったのではないだろうか。
「アシスタントコーチでも監督とヘッドコーチが外国人のチームだったら、アシスタントコーチとしての日本人の役割は結構重要だと思っていた。アシスタントコーチだろうが、ヘッドコーチだろうが、越権とかではなくて、やるべきことは重要だとは思っていたので、正直、ヘッドコーチになったからどうというのはあまり感覚がなかった。
でも、監督はちょっと別ものだなと。まさかとは思っていた。ただ、正直、こういう状況なので何かはあるかもしれないとは思っていたので、打診されたときはもう心の準備はできていた。何をやるべきかもある程度はありました」
監督をやると覚悟を決めた。頭の中ではこれまでともに戦ってきた監督たちが何をしてきたのかを理解していても、いざ初めての監督業となると話は別のようだ。
「正直、初めてだから何からやっていいかわからないし、こうしようというのはわかっていたんですが、それ以外のことがいっぱいありすぎて。監督としての役割・仕事は何が大事で、何を捨ててとか、いろいろあったと思う。
そういうところはやはり最初だったので、いろいろあれこれ考えて大変でしたが、いろんな人のサポートのおかげで整理をできるようにはなってきました」
大島監督にとって、転機となった試合がある。監督就任から2か月を過ぎた頃だった。
「かなりギリギリまで悩んだ」。大島秀夫監督に迫られた決断

2025年11月9日、横浜F・マリノスは京都サンガF.C.に勝利し、J1残留を確定させた【写真:Getty Images】
「結構あるんですが、ポイントポイントで勝ったり負けたりは最初していて。この試合で負けていたら本当にやばかったとか、ここでもう1回負けていたらやばかったときに勝てたりとか。
この試合は絶対に落とせないと、ズルズル行くかどうかという瀬戸際で物にできた試合は結構あって。だけど、1番転機になったのは川崎(フロンターレ)戦ですね。あそこから完全に戦い方をシフトした」
大島監督が挙げたのは、9月13日の第29節・川崎戦。ホームで0-3という完敗をした試合だった。川崎にゲームの主導権を握られ、自分たちの時間を作ることができず、カウンターを食らう。失点の仕方が良くなかった。
プランでは、相手陣地に入り込めるはずだった。だが、無理なパスや無理なボールの受け方が目立ち、前に運ぶことができない。
「人が入れ替わって、特徴が変わって、どうしようと思っていた中での川崎戦だったので、もう完全にこれはダメだと思って」、大島監督は決断する。
「かなりギリギリまで悩んだ。かといって、そんな状態で選手に伝えてもダメだし、伝えたときはもうこれでいくという形で言いました。だから、あえて言えばその試合が1番大きかったかなと思います」
そして、次の試合となった9月20日の第30節・アビスパ福岡戦で、F・マリノスはこれまでのボールを保持する「アタッキングフットボール」から、ロングボールでリスクを回避する現実的な戦い方へと方向転換し、2-0の勝利を収める。
F・マリノスは福岡にボールを持たせてミドルブロックを構築。中盤でボールを奪い、ロングボールで前線へと運び、攻撃につなげた。2得点ともに、攻撃の起点はロングボールからだった。
戦い方を変えて臨んだ試合で4試合ぶりの白星をつかみ、残留圏の17位をキープした。
そして、11月9日の第36節・京都サンガF.C.戦に0-3で勝ち、喉から手が出るほど欲しかったJ1残留を手にする。
これまでJ2降格が1度もなく、5度のリーグ優勝を誇る名門というプレッシャーの中、ダントツ最下位からの逆転残留。見事、「かなり難しいミッション」を成し遂げた思いはひとしおだ。