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J1 12時間前

「本当に嫌で嫌で…」原靖が監督解任を伝えた日。原点は大分トリニータ時代「ノウハウは重鎮から学んだ」【Jリーグ強化担当という生き方1】

シリーズ:コラム text by 元川悦子
FC町田ゼルビアFDを務める原靖
インタビューに応じるFC町田ゼルビアFDの原靖【写真:編集部】



 現在、FC町田ゼルビアでフットボールダイレクターを務める原靖。故郷の大分トリニータで強化担当としてのキャリアをスタートさせ、20年以上に渡って計4クラブで辣腕を振るってきた。クラブによって異なる事情、様々な監督や経営者の間で、原氏はどのように立ち振る舞ってきたのか。全3回に及ぶ連載で、原のキャリアを振り返りたい。(取材・文:元川悦子)※本文敬称略[2/2ページ]
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「本当に嫌で…」「ノウハウは重鎮から学んだ」

原靖の強化担当人生を決定づけたペリクレス・シャムスカ監督
大分トリニータの強化部長だった原が、ペリクレス・シャムスカ監督を招聘した【写真:Getty Images】

「指導者の先輩としてお世話になった人なので、解任を伝えるのが本当に嫌で嫌でたまらなかったですね(苦笑)。『溝畑さん、伝えてよ』と思ったけど、そうもいかない。腹を括って伝えたら、本人は『分かりました』と潔く受け入れてくれましたけど、強化の仕事の複雑な一面を味わいました」と彼は苦渋の表情を浮かべる。

 同年はアーリ・スカンズ代行体制で何とか乗り切り、迎えた2006年。大分の歴史を作ることになるブラジル指揮官、ペリクレス・シャムスカ監督の招聘に踏み切った。この指揮官との出会いが原の強化担当人生を決定づけたと言っても過言ではないだろう。

「そもそも僕の強化担当としてのノウハウは満さんや久米さん、徳さん、ガンバ大阪で活躍されていた元強化部長の山本浩靖さんといった重鎮から学んだことが多かったんです。外国人の獲り方から契約の仕方、監督や選手と向き合う姿勢など、ありとあらゆることを聞きまくっていましたからね(笑)。自分が30代半ばで若かったこともあったからでしょうけど、先輩たちは惜しげもなく全部教えてくれました。



 そういう中からシャムスカさんと出会うんですが、当時のJリーグはブラジル人選手や監督が多かったんで、1年に1~2回はブラジルに行っていたんです。そこで現地のエージェントから『この人は将来、ブラジル代表監督になるような素材だから、すごくいいですよ。一度会って損はないよ』と勧められたのが彼でした。

 年齢的にも自分の1つ上で、若手を積極的に起用したいという考えを持っていた。大分は財政的にもそういう方向性でチーム作りをしなければいけなかったので、両者の意向が合致した。それが大きかったと思います」

当時の大分トリニータは「本当にノリノリだった」

2008年のヤマザキナビスコカップを制覇した大分トリニータ
2008年のヤマザキナビスコカップを制覇した大分トリニータ【写真:Getty Images】

 原が未来を託したシャムスカ監督は西川、梅崎、森重、金崎ら若手を次々と抜擢。魅力的なチームを作り上げていく。

 その集大成となったのが、2008年のヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)決勝だ。相手は長谷川健太監督率いる清水。伊東輝悦、岡崎慎司らを擁するタレント軍団だったが、大分も高松大樹、森重、金崎、家長昭博、清武らのちに日の丸を背負う逸材揃いのドリームチーム。東京・国立競技場で大観衆の中、大分が躍動感ある戦いを見せ、2-0で勝利し、クラブ初タイトルを手にしたのである。

「僕はトリニータ創設10年目までに、かつて日本サッカー界をけん引した新日鉄八幡以来のタイトルを九州にもたらすことを目標にやってきました。当初のターゲットより少し時間がかかりましたが、本当にタイトルに手が届いた。ナビスコカップ決勝を制した瞬間は本当に感無量でした。



今振り返ると、九州でああいうチームを作ることはなかなかできないなと感じます。若い選手を軸にして、足りないところにベテランとブラジル人を組み込んだチームでしたけど、本当にノリノリだった。溝畑さんも祝勝会ではしゃいでいましたけど、ああいうカリスマ経営者がいたことも、大分の成功の原動力になったのは間違いない。本当に豪傑でしたからね(笑)」

 原は個性豊かな経営者の意見を聞きつつ、自分の色を出すことに長けていた。そこが彼の最大の長所に違いない。「僕はあまり突出した人間じゃないので」と本人は謙遜するが、高度な柔軟性と臨機応変さを持ち合わせていたからこそ、大分という中規模クラブで大きな成果を残せたのだろう。

 大分時代の経験はその後の強化担当人生の確固たるベースになったはず。原靖という名がサッカー界に広く知れ渡ったのも事実である。(2に続く)

(取材・文:元川悦子)

【著者プロフィール:元川悦子】
1967年、長野県生まれ。94年からサッカー取材に携わり、ワールドカップは94年アメリカ大会から2022年カタール大会まで8回連続で現地に赴いた。「足で稼ぐ取材」がモットーで、日本代表は練習からコンスタントに追っている。著書に『U-22』(小学館)、『黄金世代』(スキージャーナル)、「いじらない育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(NHK出版)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)などがある。

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【了】
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