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「やはりそういうスタジアムなんだ」ベガルタ仙台、岩渕弘人が“人生で一番難しい決断”の末に辿り着いた憧れの舞台。「今日という日は絶対に忘れない」【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images
ベガルタ仙台、岩渕弘人

ベガルタ仙台の岩渕弘人【写真:Getty Images】



 明治安田J2・J3百年構想リーグEAST-A第4節が28日に行われ、ベガルタ仙台はホームでヴァンラーレ八戸をPK戦の末に下した。憧れ続けたベガルタ仙台のユニフォームに袖を通し、ついにユアテックスタジアム仙台のピッチへ立った岩渕弘人。歓声に包まれたホーム開幕戦で味わった震えるような感情は、これまで歩んできたキャリアと幾度もの決断を鮮やかによみがえらせていた。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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「自分がずっと憧れ続けてきた舞台がこれなんだ、と」

ベガルタ仙台、岩渕弘人

ベガルタ仙台の岩渕弘人【写真:Getty Images】

 最初の交代カードが切られ、後半途中にホームのユアテックスタジアム仙台のピッチを後にしてからしばらくして、ベガルタ仙台の岩渕弘人は自身の身体に生じている異変に初めて気がついた。

 2トップの一角で先発し、ハーフタイムをはさんで57分までプレーしていた間には、自身の一挙手一投足に集中するあまりに一切感じなかったもの。異変の正体は鳥肌が立つほどの感動だった。

「試合中は何も考えずにいましたけど、交代した後のベンチでファン・サポーターのものすごい声援を聞いていて本当に鳥肌が立ちました。自分がずっと憧れ続けてきた舞台がこれなんだ、と」

 ヴァンラーレ八戸と対峙した、2月28日の明治安田J2・J3百年構想リーグ地域リーグラウンドEAST-Aグループの第4節はチーム、ファン・サポーター、そして岩渕が待ち焦がれてきたホーム開幕戦だった。



「自分の家族や親族も合わせて20人くらい来ていましたし、自分が小学校時代に所属したスポーツ少年団でプレーしている子どもたちも20人から30人は来ていました。友だちもけっこう来ていましたし、みんなからどのように思われていたのか、見られていたのか、というのはこれから気にしたいですね」

 思わず苦笑した岩渕は、宮城県との県境に位置する岩手県一関市で生まれ育った。地元の萩荘スポーツ少年団でサッカーに夢中だった小学生時代から、仙台へ憧憬の思いを抱き続けてきた。

 そして仙台が戦ってきた試合で、いまも岩渕の記憶に色濃く焼きついている一戦がある。

「あの試合はすごく勇気づけられました」

ベガルタ仙台
東日本大震災による中断明けの初戦で川崎フロンターレに逆転勝利したベガルタ仙台【写真:Getty Images】

 2011年4月23日に行われた東日本大震災による中断明けの初戦。雨が降る川崎フロンターレのホーム、等々力陸上競技場(現・Uvanceとどろきスタジアム)に仙台が乗り込んだJ1リーグ第7節だ。

「あの試合はすごく勇気づけられました。本当にかっこよかったし、いまも強く印象に残っています」

 当時の岩渕は中学校2年生に進級したばかり。家族とともに被災し、食料の確保などにひと苦労した少年は、川崎に先制されながら73分、87分の連続ゴールで逆転勝ちした仙台の勇姿に魅せられた。

 仙台でプロサッカー選手になる。小学生時代から岩渕が描いてきた夢は目標に変わった。大歓声が間断なく降り注いでくるピッチで、ベガルタゴールドのユニフォームでプレーする自身の姿を思い描いてきた。



「高校のときは部活で忙しくて無理でしたけど、小中や大学のときはけっこう来ていましたね」

 強豪校として知られる岩手県立遠野高校時代を除いて、ユアテックスタジアム仙台へよく足を運んだ。地元の仙台大学へ進学した2016年以降の4年間は、卒業後の仙台加入という目標が具体性を帯びてきた。

 しかし、憧れの仙台からオファーが届かない。卒業後の2020シーズン。岩渕はいわきFCへ加入した。東北社会人サッカーリーグ1部から、このシーズンに日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格。さらにJリーグ参入へ向けて、一気に駆けあがらんとする勢いを見せていたクラブに自身の成長を重ね合わせた。

 2年目の2021シーズンにJFLを制したいわきは、翌2022シーズンにはJ3リーグでも優勝。2023シーズンからはJ2へカテゴリーをあげた過程で、4年間で26ゴールをあげた岩渕に転機が訪れる。

「人生で一番難しい決断」

ファジアーノ岡山、岩渕弘人
昨シーズンまでファジアーノ岡山でプレーしていた岩渕弘人【写真:Getty Images】

 ファジアーノ岡山へ移籍した2024シーズン。レギュラーを射止めた岩渕は、5月26日の仙台戦で敵地・ユアテックスタジアム仙台に乗り込む。46分には勝ち越しゴールを決めて4-1の大勝に導いた。

 このシーズンにチームトップの13ゴールをマーク。岡山の5位フィニッシュに貢献した岩渕はJ1昇格プレーオフでも主軸を担い、仙台と対峙した決勝も制して国内トップカテゴリーへ登り詰めた。

 もっとも、J1リーグでプレーした昨シーズンはなかなか波に乗れない。32試合に出場したものの、先発は半分以下の14試合に、プレータイムは1068分にとどまり、ゴール数もわずか3に終わった。



 迎えたシーズンオフ。仙台から届いたオファーに岩渕の心は大きく揺れた。JFLから6年もの時間をかけてようやくたどり着いたJ1から、28歳にしてカテゴリーを下げる選択は簡単には下せないものだった。

「本当にすごく考えましたし、人生で一番難しい決断だったと思っています。具体的にはよく覚えていないんですけど、実際に(仙台から)話をいただいてから、1週間くらいはかかったんじゃないかなと」

 岡山からも慰留されていた岩渕は、最後は自分の初心に素直に従おうと決めたと明かしている。

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