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「ヒデさんはおそらく…」ベガルタ仙台、五十嵐聖己の脳裏にあった閃き。「ありがとうございます、と」【コラム】

ベガルタ仙台の五十嵐聖己
ベガルタ仙台の五十嵐聖己【写真:Getty Images】



 ベガルタ仙台に3試合ぶりの先制点をもたらしたのは、五十嵐聖己だった。この男のスプリントが試合の流れを大きく変えた。そのシーンを振り返ると、FK直前に本人の頭の中にはある思考がよぎっていた。試合直後に本人が明かした裏側とは何だったのか。(取材・文:藤江直人)[2/2ページ]
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抱え込んでいた悩みの要素とは?

ベガルタ仙台の選手たちと喜ぶ五十嵐聖己
ベガルタ仙台の選手たちと喜ぶ五十嵐聖己【写真:Getty Images】

 仙台のファン・サポーターは自分をどのように思っているのか、と。

思い悩んだ五十嵐は、仙台のファン・サポ―ターを前にした1月の新体制発表会見の席で「最終節ではすみませんでした」と切り出した。

 これが会場の爆笑を誘い、一気にハートを射止めた。

 水戸ホーリーホックへ移籍した真瀬拓海が担った右サイドを、攻守両面で補って余りあるアタッカーとして五十嵐は、百年構想リーグの10試合のうち9試合に先発。3ゴールに加えて2アシストもマークしている。



 リザーブのままで試合を終えたのは、ターンオーバー制が敷かれたブラウブリッツ秋田との第9節だけ。森山佳郎監督の言葉からは、五十嵐が必要不可欠な存在となって久しい跡が伝わってくる。

「ひと言で表現すれば本当にタフ。ローテーション制を取っていますけど、別に代えなくてもいいかなと思うくらいに、連戦でもほとんど痛まないほど頑丈な体をしている。

 プレー面でも強気で突破してクロスを放つシーンだけでなく、何と言ってもフィジカルコンタクトのところで絶対に負けないですからね」

 ノルディックスキーの国体選手だった父と、新体操の選手だった母の間に生まれ育ち、姉もスキージャンプ選手というスポーツ一家。五十嵐の身体には強さと柔軟さが脈打っているのだろう。

ロングスローが飛ぶ秘訣「追い風というよりは…」

ロングスローを投げる五十嵐聖己
ロングスローを投げる五十嵐聖己【写真:Getty Images】

 たとえば、仙台の新たな武器となっている五十嵐のロングスロー。75分に右サイドから投じた30mを超えるボールは追い風にも乗って一気に距離を伸ばし、あわやゴールインの一撃と化してスタンドをどよめかせた。

 もっとも、五十嵐は試合後に「追い風というよりは…」と意外な秘密を打ち明けている。

「僕は代謝がすごくよくて手汗をすごくかくので、気候がいいときはめちゃくちゃ飛ぶんですよ。投げるときにボールが滑らないので。今日は湿度が低くて手汗が出なかったので、ずっと感触がよかったですね」



 相模原戦の湿度は30%。加えて強風という絶好の状況にあった。

 惜しくもシュートは右ポストに弾かれてしまったが、開始9分にも五十嵐のロングスローにマテウス・モラエスが頭をヒットさせている。

 後半終了間際に2ゴールを追加し、クリーンシートで快勝した一戦から一夜明けた13日に、五十嵐は24歳になった。

 自身の先制ゴールで前祝いした身長177cm・体重75kgのタフガイは決意を新たにしていた。

チーム全体の思いを代弁「勝ち切るところに…」

試合集終了後に勝利を喜ぶベガルタ仙台の選手たち
試合集終了後に勝利を喜ぶベガルタ仙台の選手たち【写真:Getty Images】

「24歳になってひとつ大人になると思うので、これからもチームを勝たせるゴールやアシストであるとか、走りや守備の部分で貢献して、来たる新シーズンにJ1へ昇格できるようにいい準備をしていきたい」

 後半戦に折り返した百年構想リーグで、90分間で無敗をキープしているのはJ1のEASTグループの鹿島アントラーズと仙台だけ。

 しかし、鹿島は特別ルールとして設けられたPK戦で2敗を喫している。

 PK戦を含めて唯一の無敗チームの仙台は、破竹の開幕10連勝のうち4つを数えるPK戦勝利を、勝ち切れていないとして課題に掲げてきた。



 チーム全体で共有する思いを五十嵐が代弁する。

「後半戦は勝ち切るところにこだわっていきたい。そのなかで元々ある仙台のスタイルにプラスして、自分が得意とするこのポジションでもっとよさを出しながら、もっともっと攻撃の幅も増やしていきたい」

 90分間の勝利を手にするのは3試合ぶりとなる。

 再びギアをトップにあげ、エンジンを全開にしようとしている仙台を、右サイドのダイナモと化した五十嵐が攻守両面でエネルギッシュに支えていく。

(取材・文:藤江直人)

【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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【了】
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