
ベガルタ仙台の五十嵐聖己【写真:Getty Images】
ベガルタ仙台に3試合ぶりの先制点をもたらしたのは、五十嵐聖己だった。この男のスプリントが試合の流れを大きく変えた。そのシーンを振り返ると、FK直前に本人の頭の中にはある思考がよぎっていた。試合直後に本人が明かした裏側とは何だったのか。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
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明治安田J2・J3百年構想リーグ・地域ラウンド第10節
SC相模原 0-3 ベガルタ仙台
相模原ギオンスタジアム
自慢の走力でもたらした先制点

先制点のきっかけとなった五十嵐聖己【写真:Getty Images】
聖己と書いて「せな」と読む。非常に珍しい名前の由来はひょっとすると…。
F1史上最高のドライバーとして今も語り継がれる、ブラジル出身のアイルトン・セナにちなんでいるのか。
ベガルタ仙台の五十嵐聖己は「よく言われるんですよ」と苦笑しながらこう答えてくれた。
「父も母も車が好きなので、それもひとつあるとは思うんですけど、男の子が生まれたら『せな』にすると決めていたらしくて。
ただ、僕自身はけっこう気に入っていて、大好きな名前なんです」
ならば、F1マシンのように足も速いのか。再び苦笑しながら五十嵐が続けた。
「足は人並みです。人並みですけど体力はあるので、そちらのほうが自信はありますね、はい」
SC相模原のホームに乗り込んだ12日のJ2・J3百年構想リーグ地域リーグラウンドEAST-Aグループ第10節。無傷の開幕9連勝で首位に立つ仙台に3試合ぶりの先制点をもたらしたのは五十嵐であり、時計をさらに巻き戻していけば五十嵐のタフさとコンタクトの激しさに行き着く。
前半が4分台のアディショナルタイムに入った直後。左サイドのタッチライン際を縦に抜け出した荒木駿太に呼応するように、それまで何度もアップダウンを繰り返していた五十嵐が逆サイドを全力で駆けあがる。
そして荒木のクロスのこぼれ球を髙田椋汰が頭で繋いだボールを収めるとすかさず縦へ仕掛け、対面の相模原DF綿引康を引きつけた直後にダブルタッチを駆使して中へ。
慌てて止めに来た相模原DF高野遼のファウルを誘った。
高野にイエローカードが提示された一方で、仙台はペナルティエリアの右横で直接フリーキックを得る。
キッカーはレフティーの武田英寿。蹴る直前になって、五十嵐の脳裏に閃くものがあった。
「ヒデさんはおそらく…」五十嵐聖己が考えたこと

両手の人差し指を高らかに青空へ突きあげた五十嵐聖己【写真:Getty Images】
「ヒデさんはおそらく、誰かが触れば事故が起こるようなボールを蹴ってくる」と。
閃き通りに武田はインスイングから低く、速いシュート性のボールを相模原ゴール中央へ蹴り込む。
虚を突かれた相手選手たちよりも一瞬速く反応した五十嵐が、ニアへ回り込んで頭でボールの軌道を変えた。
反対側のゴールネットを揺らす技ありの先制弾に、相模原GK金珉浩もまったく反応できない。
2試合連続で決めた百年構想リーグ3点目に、五十嵐は両手の人差し指を高らかに青空へ突きあげた。
「特に意味はないんですけど、仙台のファン・サポーターの前じゃなかったので。反対側のゴール裏にいたファン・サポーターへ向けて『僕が取ったゴールだぞ』とアピールするつもりでやりました」
とっさのゴールパフォーマンスに込めた思いをこう明かした五十嵐は、さらに言葉を弾ませている。
「ヒデさんのボールがよかったので、僕は本当に触るだけでした。ありがとうございます、という感じですね。
アシストやゴールを取れるところが自分の強みのひとつなので、そこは常にこだわっていきたい」
ベガルタ仙台に胸を打たれた五十嵐聖己「熱意もすごかった」

ベガルタ仙台戦でゴールを決めたいわきFCの五十嵐聖己【写真:Getty Images】
福島県郡山市で生まれ育った五十嵐は、地元の強豪・尚志高校から桐蔭横浜大学へ進学。4年生に進級する直前の2024年3月に、翌2025年からJ2に所属する地元のいわきFCへの加入が決まった。
さらにJFA・Jリーグ特別指定選手としてJ2を戦っていた同年7月に、卒業後の予定を前倒しする形でいわきとプロ契約。昨シーズンは右ウイングバックを主戦場にリーグ戦で全38試合出場を果たした。
仙台のファン・サポーターにとっては忘れられない選手でもある。
J1昇格プレーオフへ進出圏内の6位で迎えた昨年11月29日のJ2リーグ最終節。仙台はいわきに苦杯をなめて圏外の7位へ転落した。
両チームともに無得点だった82分に、決勝点となる先制ゴールを決めたのは五十嵐だった。
昨シーズン最多の1万8502人で埋まった敵地ユアテックスタジアム仙台を静まりかえらせるヒール弾を沈めている。
「あの試合は相手チームの選手だったので、すごく気持ちよかったんですけど…」
昨シーズンの最終節をこう振り返った五十嵐は、同時に衝撃に近い感銘も受けた。
それはオフに入って仙台からオファーを受けて交渉の席についた過程で、五十嵐のなかではっきりと輪郭を帯びてきた。
「J2で仙台と対戦しながら、このチームはJ1にいなければいけないチームだと思っていました。強化部との交渉で伝わってきた熱意もすごかったし、僕もここで結果を残したい、J1へ昇格させたいと思いました。
特に昨シーズンの最終節で、ユアテックスタジアム仙台から伝わってくる雰囲気は本当に日本ではあまり考えられないくらいの熱さがありました。そういうスタジアムで戦えるのも魅力のひとつでした」
J1へのステップアップも考えられた、とされるなかで仙台への移籍を決めた理由がここにある。それでもひとつだけ懸念すべき点があった。