
ジェフユナイテッド千葉の日高大【写真:Getty Images】
J1初挑戦のシーズン、ジェフユナイテッド千葉の日高大は明確な目標を定められずにいた。下部リーグから積み上げてきたキャリアゆえに、頂点との距離感を測れなかったからだ。遅咲きのサイドバックはいま、もうひと花を咲かせるために走り続けている。(取材・文:菊地正典)[2/2ページ]
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「『日本代表を目指します』っていうのは…」

ジェフユナイテッド千葉の日高大【写真:Getty Images】
J1で戦う自信をさらに深めた試合だった。
だからこそ、それから2週間後の再戦での敗戦は悔しかった。
日高は個人として、前に向かってトライし続けた。
ミスもあったが、そのたびに必死にボールや相手を追いかける。90分間走り続けた。全力を尽くした。
それでもチームとして自分たちらしいサッカーをまるで見せられず、0-1で敗戦。スコア以上に「完敗に近い」(小林監督)試合だった。
「何もできなかったといえばそういう試合でした。目指すサッカーはもちろんありますけど、それ以前の問題です。型にはまりすぎてしまった。
もっと頭を柔らかくして、その局面を打開できるような策をその瞬間にみんなでイメージすることで自分たちの良さが出てくると思うので、目の前の相手をどうやって攻略するかというところは、まあ個人なのかグループなのか、もうひと段階、ふた段階上げないといけない」
それは、シーズンを戦ううえで見つけた目標のために不可欠だ。
4月のある日、あらためて聞いていた。開幕前には定まらないと言っていた目標は見つかったのか?
「さすがにこの歳で『日本代表を目指します』っていうのは無理があるんで」
日高はそう言って笑い、続けた。
プロサッカー選手=J1選手という認識を痛感

ジェフユナイテッド千葉の日高大【写真:Getty Images】
「ファンの人たちがJリーグのSBを思い浮かべたときに俺がそこに入れるか。『もう無理かも』と思っていたら、J1で歯が立たないと思っていたらそれまででしたけど、そうじゃないから。
Jリーグでもうひと花、ふた花咲かせるためには、そういうところを目指さないといけないと思っています」
さらに、具体的な目標を設定できないころから抱えていた思いもある。
過去9年間、J1以外の環境で過ごし、世間一般ではプロサッカー選手=J1選手という認識であると痛感した。
そこから這い上がってきた選手だからこその思いだ。
「だから、一般的にプロサッカー選手として認められるところまで来たのは大きいことです。今後、僕みたいに下から上がっていこうとする選手のモチベーションになれたらうれしいですし、いままで関わってくれた関係者、家族にJ1でいいプレーをしている姿を見せるのは一番の恩返しだと思っていますし、一番のモチベーションです」
まだまだ千葉のファン・サポーター以外の認知度は高くないだろう。Jリーグを代表するSBになれるかどうかもわからない。
だが、J1の舞台でいま、日高が熱い思いを抱えながら躍動感あふれるプレーを見せているのは確かだ。
(取材・文:菊地正典)
【著者プロフィール:菊地正典】
福島県出身。埼玉大学卒業後、当時、日本最大級だったサッカーモバイルサイトの編集・ライターを経て、フリーランスに。主にサッカー専門新聞『EL GOLAZO』の記者として活動し、横浜FC、浦和レッズ、ジェフユナイテッド市原・千葉、横浜F・マリノス、川崎フロンターレの担当記者を歴任。著書に『浦和レッズ変革の四年 〜サッカー新聞エルゴラッソ浦和番記者が見たミシャレッズの1442日〜』(スクワッド)、『トリコロール新時代』(スクワッド、三栄書房)がある。Xのユーザー名は@masanorikikuchi
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