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コラム 14時間前

「技術的なアドバイスは…」三笘薫をどう世界的な選手へ? “指示待ち人間”を生み出さない、筑波大学・小井土正亮の指導術【『「教える」を手放す』】

シリーズ:コラム text by 小井土正亮 筑波大学体育系准教授・蹴球部監督 photo by Getty Images,Shinya Tanaka

イングランド代表戦 サッカー日本代表 三笘薫
三笘薫【写真:田中伸弥】



 2025年12月、三笘薫(ブライトン)の母校・筑波大学蹴球部が9年ぶりの全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)優勝を果たした。小井土正亮監督が率いたこのチームは、華やかな結果の裏に、意外な「指導哲学」を持っている。今回は、2026年4月刊行『「教える」を手放す』より、一部抜粋して公開する。(文:小井土正亮)[1/2ページ]

多くの学生がプロになれないことを理解している

柏レイソルに所属するMF戸嶋祥郎
筑波大学OBで現在もJリーグで活躍する柏レイソルの戸嶋祥郎【写真:Getty Images】

 部員の約9割は一般入試を経て、筑波大学へ入学、入部してきた者たちです。いわゆる文武両道、そして、志が高い者たちです。

 彼らは本当に一生懸命日々の活動に取り組んでいます。毎年、新入部員を集めた講義のなかで「このなかで本気でプロ選手になりたい者は?」と問うと、3分の1から半数くらいは手を挙げます。

 しかし、自身が望んだキャリアにまで辿りつけるのはごくわずかであるのが現実です。

 現在、一般入試を経て入部し、卒業後にJリーガーとして活動しているOBは、三丸拡、戸嶋祥郎(いずれも柏レイソル)の2名だけ(2026年現在)です。



 いまプロ選手として活動しているOBは約40名なので、推薦入試組が9割以上という状況です。現役部員における推薦/一般の人数割合とは真逆の比率になっています。

 プロにもなれないのに、その先のキャリアにつながらないのに、なぜそんなに必死に毎日ボールを追いかけているのか。スポーツをあまりしてこなかった方や、大学スポーツに縁が遠い方のなかにはそう思われる方もいるかと思います。

 実際には、多くの者は自分がプロになれないことを理解しています。

では、何のためにサッカーをしているのか

筑波大学
なぜサッカーを続けるのか。その答えは…【写真:Getty Images】

「あきらめている」ということではなく、「自分がどれだけ努力しても辿りつけない場所なんだ」ということを長年プレーしてきたからこそ、心底理解できているはずです。

 では、何のためにサッカーをしているのか。

 こう問われたときに、自分も現役当時はうまく言語化できていませんでした。

 楽しいから、もっとうまくなりたいから、自分を表現できるから…。さまざまな理由があるかと思うので一括りにするのは難しい。

 ただ、監督となったいま、この問に対する答えをあえて言葉にするとしたら、「自分史上最高」になることだろうと考えています。



 小さい頃から始めたサッカーを大学生になるまで本気で続けるくらいなので、それぞれの地元では高い評価を受けていたのでしょうし、楽しくやれていたことでしょう。

 そんな彼らの多くも、筑波大学に来て、全国トップレベルの選手たちとの圧倒的な差に打ちひしがれるところから始まります。

 プロになれないからやめる。正当な評価を受けていないと感じるからやめる。

 やめる理由を探すのは至極簡単です。

 でも、それらはすべて外的な要因によって(自身の気持ちが変わってしまったから)、やめるという決断に至るパターンです。

「指導者」の存在が邪魔になるケースとは?

小井土正亮
「指導者」の存在が邪魔になるケースとは?(写真は小井土正亮監督)【写真:Getty Images】

 なぜ自分はここまで、これだけ多くのものを犠牲にしてサッカーをしてきたのか。

 なぜいま自分はこれだけしんどい思いをしながら続けているのか。

 将来サッカーとどう関わりたいのか。

 そういった過去、現在、未来を見つめ直す時間をもつことで、大学でサッカーをするということの意味づけが明確になっていくと感じます。

 つまり、誰かのためではない、自分のため。ここまで時間とエネルギーを捧げてきたものの最終的な成果として、自分で自分自身の引き際を見てみたい、といった感覚に近いのだと思います。

 自分の人生のなかで最高の状態で、最高のワンプレーをして競技的なサッカーを終え、次のステージへ胸を張って進むために、毎日必死になってボールを追いかけていると言ってもいいかもしれません。



 一方で、 「自分史上最高」を目指し、 「自分を成長させ続ける」ということを考えたときに、「指導者」の存在が邪魔になることがあります。

 それはどんなケースでしょうか。

 指導者は、ティーチングによって、自身がもっている知識や経験を選手に教えたくなるものです。

 それはつまり、知らず知らずのうちに選手を「型」にはめてしまっていることになる危険性をはらんでいます。

 確かに「型」ができることで、そこから新しいものが生まれてくることもあります。そのため、まだ「型」すらない選手に対しては、ある程度「型」を教え込むことの意義はあるかと思います。

 けれども、 「型」ができあがるようになることそのものが目的になってしまうと、それ以上のものが生まれなくなっていきます。

 こうしたときに思い出すのが、三笘薫選手の存在です。

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