大学時代までサッカー部に所属し、現在はお笑い芸人カカロニ・すがや。FIFAワールドカップを過去3大会現地で観戦しており、大学サッカーにも精通している。そんなお笑い芸人屈指のサッカー好きが、現役Jリーガーの変わったキャリアを深堀していく。(取材・文:カカロニすがや)[1/2ページ]
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【瀬川祐輔プロフィール】
1994年2月7日生まれ、東京都出身。日大二中、日大二高を経て明治大学に入学。卒業後はザスパクサツ群馬(当時)、大宮アルディージャ、柏レイソル、湘南ベルマーレ、川崎フロンターレを経て、昨季途中に柏に2度目の加入。昨季までのプロ10年でJ1通算185試合、J2通算82試合に出場している。
お笑い芸人カカロニすがやが記すJリーガーの遍歴
JR柏駅から徒歩15分強、時間にするとやや遠い道程は、レイソルカラーに染まる街に感銘を受けながら”突き進め”ばあっという間でした。
時間の都合もあるので”止まらない”ですが、街全体から”いけ柏”という想いを感じます。
ということで、サッカーウェブメディアとして気鋭のフットボールチャンネルさんと、僕こと、お笑い芸人のカカロニすがやがコンビでやっているYouTubeチャンネル『カカロニフットボール』が提携し『気になるキャリアを持つ選手にお話を聞き、カカロニすがや目線で記す』をテーマにした本コラム【Jリーガー異色キャリア図鑑】の第一回はここ柏より瀬川祐輔選手との対談からスタートです。
【カカロニフットボールの動画はこちら】
先にお伝えしておきますが、おそらく一般的なルーツを辿るインタビューではありません。
今後はもう少し普通になっていくと思うのですが、今回は第一回にも関わらず異質の内容となってしまいました。
なぜなら、「お金がない時のラウンドワンは楽しすぎた!」と、サッカーとは全然関係のないエピソードが面白すぎたからです。そのせいで、当初予定していたインタビュー時間を大幅にオーバーしてしまいました。
プロ一年目の感想聞かれてそんな話を長尺で話す選手いないのよ。
そんな瀬川選手の力の抜けた、かつ、庶民的な一面を僕の目線で切り取っていけたらと思います。
異色の経歴を歩む瀬川祐輔
さて、瀬川選手といえば、日大二中・日大二高という都内でもベスト32に入るかどうかという無名高から、大学サッカー界随一の名門・明治大学を経てプロ入りした異色の経歴ですが、まずはサッカーを始めたきっかけから聞いてみました。
「ターニングポイントごとに父の考えを提示されて、割とその通り動いてきた」
「小学校一年生のころに父親に、『サッカーか野球どっちがいいんだ?』と言われ、野球は打てないし、6歳の打球が、瀬川少年の守っている外野まで飛んでくるはずもなく。つまらなくて、ずっとボールを追いかけられるサッカーを選びました」
とのことで、地元の雪谷FCという少年団に入団。その後、地区選抜で出会った仲間と共に、川崎フロンターレの下部組織のセレクションを受験。当時中学受験の勉強をしていたため、「気晴らしのつもりでリラックスしながら受けたらまぁまぁ点を取れたんです」。
ここにも瀬川選手の人間性が出てるのですが、おいおい答え合わせをします。
「でも一次で落ちたんですよ」
と、まさかの落選。
当時140cm程と小柄だったことも影響したのかもしれませんが、そんな選手が後にフロンターレに帰ってくるんだから因果なものです。
その後、他のクラブチームのセレクションを受けることなく、日大二中サッカー部に入部します。
これも父の「大学までサッカーしたいだろ?なら付属の中学行ったらもう勉強しないでサッカーだけやっていけるぞ」とのアドバイスを受けてのこと。
無名校の日大二中、日大二高では6年間レギュラーであり、エース。ただ、結果的にこの環境が瀬川祐輔という選手を形作る上で良かったのかもしれない、と思うのはもう少し先の話。
高校では外部入学組で強豪出身者も入部してきました。
forza’02など、クラブチーム出身者の入部を、未だに興奮気味に語る、庶民の感覚を忘れない瀬川選手の様子は是非YouTubeで。
内容・テンション共に、11年目のJリーガーとは到底思えません。
そんな中で、早生まれということもあり、結果的に落選はするものの、国体の候補に選ばれた瀬川少年(国体は生まれ年カウントなので一つ下の学年に混ざることになる)。
「そこでちょっとビビりましたね。FC東京のCBの子がとんでもない縦パス入れてきて、腰くらいの高さのドライブかかった楔」
「プロを目指す選手はこんなパスを入れてくるんだ!!俺こんなの収められないよ!!」
と、レベルの高さにテンションが上がっていた瀬川少年ですが、「今、当時を思い返すと絶対パスミス!」だそうです。
とはいえ、無名校のエースにとっては、上のレベルの選手と交わるインパクトがある経験だったそう。
そして高校3年生ではインハイ予選、選手権予選共に、全国に進出した東久留米総合高校に敗れて引退。
「でも実践(学園)に勝ったんですよ!すごくないですか!?」
「國學院久我山に1-10で負けて、1点取って大騒ぎ!」
など、庶民派なエピソードを庶民のように語ってくれるプロ11年目の瀬川選手。高校時代のエピソードは特に楽しそうで、いい仲間に恵まれたんだろうな、と想像ができます。
指定校推薦で明治大へ入学もいきなり「もう練習こなくていい」
余談ですが、過去にカカロニフットボールでサッカー遍歴を語ってくれた『ミスター大冒険』の『りょうせい』という芸人がいて、彼が当時の東久留米総合高校のレギュラーだったのですが、当時のチームメートに衝撃を受けた相手を尋ねたところ、大多数が、強豪や全国で対戦した相手よりも『日大二高の瀬川がやばかった』と答えていたと教えてくれました。
是非そちらもご覧ください。
というわけで世間的には無名の瀬川少年は、高校の段階で能力的には既に全国区だったと想像に難くありません。
系列の日大のサッカー部も強豪なのですが、友人内の「偏差値が上の大学に挑戦すべきじゃないか」という空気に「そおかぁ」と、流されて明治大学を目指すことに。もちろんサッカー推薦を勝ち取れるような経歴ではないので一般入学です。
お父さんだけじゃなく、周りの人全般に影響されやすいんだなぁ……。
だんだん瀬川選手の人柄が見えてきました。
そしてまた瀬川選手の独特なところなのですが、なぜか明治大学の指定校推薦を獲得するまでの受験戦争のエピソードを一番分厚く話してくれました。
どんなJリーガーだよ。
というわけで評定平均4.9という内申点と、先生に愛される持ち前の陽キャぶりを発揮して指定校推薦で明治大学に入学することになります。
しかし入部を勝ち取るための練習生期間(練習に参加して、部員になる価値を示せるかアピールする期間)に「大学生はいいのかと思って、髪染めてパーマかけて行ったら、『明日染め直して来なかったら、もう練習こなくていい』と言われ、その足で黒染めしに行った」とか。
「これ今だから言えるんですけど……。練習生期間に、ずっと昔から予定してたハワイ旅行があって、事情を偽ってまでこっそりハワイに行ったのに日焼けしてしまった」
陽キャが裏目に出たエピソードが連発します。
他の練習生よりも正式入部までかなり時間がかかったそうですが、そんな性格がうっすらバレていたんだろうと僕は思います。



