そのゴールは、ただのJ1初得点ではなかった。東京ヴェルディの寺沼星文が「ヴェルディで決めたかった」と語った一撃には、移籍の決断、苦しんだ日々、そしてようやくつかんだ手応えが凝縮されている。千葉戦で生まれた“らしいゴール”の裏にあった、彼の現在地と覚悟を追う。(取材・文:白谷遼)[1/2ページ]
嬉しかったのは「J1での初ゴールというよりも…」
「自分らしいゴールだなと」
そう語るFW寺沼星文の表情には、重圧から解き放たれた安堵と、確かな手応えがにじんでいた。
明治安田J1百年構想リーグEAST第11節、ジェフユナイテッド千葉との拮抗した一戦。試合が動いたのは51分だった。
DF深澤大輝が放ったヘディングシュートは千葉GKホセ・スアレスに阻まれたが、そのこぼれ球に、この日が今季初先発の寺沼がいち早く反応した。
泥臭く右足で押し込んだJ1初得点は、自らも認める“寺沼らしいゴール”だった。
第10節の浦和レッズ戦はベンチから試合を見ていた同選手。FW染野唯月がイエローカードを提示され、累積警告での出場停止が決まった瞬間から「来週あるぞ」と出場を確信した。
その週はいつも以上に気合を入れてトレーニングに取り組んだという。
殊勲のスコアラーは「J1での初ゴールというよりも、ヴェルディで(得点を)取れたというのが、自分は感極まった」と振り返る。
「ヴェルディで」と強調する言葉の裏には、昨夏の加入以降、彼が味わってきた苦闘が凝縮されている。
水戸ホーリーホックを離れるという覚悟
昨年8月、当時J2で優勝争いを演じていた水戸ホーリーホックを退団し、ヴェルディのユニフォームに袖を通した寺沼。
水戸がクラブ史上初のJ1昇格という歴史的瞬間に向けて歩みを加速させる中、チームの攻撃陣を牽引する存在であった彼がシーズン途中に下した決断には、大きな重圧が伴っていた。
自身のステップアップというサッカー選手として抱く野心と、志半ばで去ることになる愛着あるクラブへの想い。
その相反する感情の間で苦悩した末の選択は、水戸の最前線でゴールを狙い続けた彼だからこそ抱いた、重く、そして切実なものだったに違いない。
しかし、ヴェルディ加入後はJ1への適応に苦しみ、1年目のシーズンはリーグ戦8試合に出場して無得点という結果に終わった。
寺沼にとってヴェルディ2シーズン目となるJ1百年構想リーグでは、開幕戦でJ1初昇格を果たした古巣・水戸と対戦した。
水戸退団以降も、元チームメイトたちと頻繁に連絡を取り合い、時間があれば水戸の試合にも足を運んでいたという寺沼は開幕戦前に「ピッチで恩返しのゴールを決めたい」と意気込みを語っていた。
だが、この試合で寺沼に与えられた出場時間はわずか1分だった。
寺沼星文を支え続けていたコーチの存在
その後は負傷で実戦から離れ、寺沼はスタンドから試合を眺める日々が続いた。
寺沼が離脱している間、彼と同時期にヴェルディへ加入したDF井上竜太、DF吉田泰授が台頭。チームの危機的状況の中で結果を示した二人は、熾烈な先発争いの中心へと駆け上がった。
そんな苦境の中でも、寺沼が腐ることはなかった。
むしろ、井上や吉田がピッチで躍動し、チームの窮地を救う活躍を見せる姿は、彼にとって焦燥ではなく、いい刺激として作用した。
同期の仲間が実力を証明し続ける過程を間近で見守りながら、寺沼は自身のやるべきことに集中し続けた。
そのひたむきな姿勢を誰よりも近くで見守り、支え続けていたのが森下仁志ヘッドコーチだ。
同コーチは全体練習の時間だけでなく、控え組が行う二部練習やマンツーマンの個人練習で、毎日のように寺沼に熱く寄り添い続けた。
井上や吉田も森下氏の指導の下で成長を実感しており、個々の台頭がチームの底上げを支えているヴェルディにとって、森下コーチの存在は極めて大きい。
また寺沼は、「ハイアルチ(高地トレーニングジム)」にも毎週のように足を運んでいるという。
ピッチ上にいる全員に「走力」を求めるヴェルディで戦うために、スプリント能力の向上に余念がない。
こうした日々の積み重ねが、いつ巡ってくるとも知れないチャンスをつかみ取るための強固な土台となった。



