
ファジアーノ岡山の木村太哉【写真:Getty Images】
J1昇格後、ファジアーノ岡山がついにヴィッセル神戸を相手に初白星を挙げた。この試合でダメ押しの3点目を挙げたのが加入6年目の木村太哉。前節からの執念に加えて、闘志みなぎるエネルギッシュなプレーなど、木村らしさがあふれた試合である“呪縛”を解いた。(取材・文:難波拓未)[2/2ページ]
明治安田J1百年構想リーグ・地域ラウンド第16節
ヴィッセル神戸 0-3 ファジアーノ岡山
ノエビアスタジアム神戸
ヴィッセル神戸からの勝利は勝ち点3以上の重み

ファジアーノ岡山はヴィッセル神戸からJ1昇格後、初勝利を挙げた【写真:Getty Images】
「前節は先発から外した、というよりも、壊れると思ったので、ちょっとベンチに置いて。ただ、最後に使う機会がなかったので、彼自身も非常にストレスがあったと思う。今日はエネルギーを爆発させてくれたので非常に良かった」
岡山にとって、神戸は起源をともにするクラブだ。
かつて岡山県倉敷市で活動していた川崎製鉄水島サッカー部をルーツとし、川崎製鉄が1995年に兵庫県神戸市に移転して生まれたのがヴィッセル神戸である。
そのOBの有志が結成したリバー・フリー・キッカーズが母体となって、2003年に誕生したのがファジアーノ岡山だ。
岡山はJ2時代の2013年こそ勝利をしていたが、J1初挑戦となった昨年から今節までの3度の対戦では完敗を喫し、監督も選手も声を揃えて「最も強かった」と表現する相手だった。
しかし、その神戸からアウェイで3点を奪って無失点という完璧な形で、J1昇格後初の白星を達成した。
チームの歴史にとっても価値のある結果に、木村も手応えを感じている。
「昨年も上位の相手に勝てることは多かったんですけど、神戸だけは勝てなかった。その相手にも勝てるという自信が自分たちについたと思う。どんな相手にも自分たちのプレースタイル、やりたいことをやれれば、100パーセントを出せれば勝てるという自信になったと思うので、次の26/27シーズンに繋がるのかなとは思います」
木村自身にとっても、ゴールを決めた試合でチームが勝利するのは今大会で初めてのことだった。
今節までに3ゴールを記録していたが、90分負けが2試合でPK負けが1試合。勝点3に直結してこなかった事実を、同学年の山根からは「呪いの子」と言われ、練習場の取材エリアでもいじられる姿があった。
「お前、決めんなよ」から「今日も決めてこいよ」へ
試合後、同学年の山根永遠(写真中央)らとともに写真に納まる木村太哉(写真左)【写真:Getty Images】
「この前も『お前は呪われている』とか言われたので、しっかりとゴールを取って勝ちたい」と誓ってきた中で、ついに払拭してみせたのだ。
「さすがに3点目だったので、これで負けたらもう本当にとんだボンビー(貧乏神)ですけど、ようやく勝てた。僕だけの力じゃないですけど、自分としても最後に1点を決めて、試合を決められた部分が自信にも繋がる。チームとしてこれに満足せずに続けていけたらいいなと思います」
90+2分の交代で木村と並んでピッチを退いた山根も胸を撫で下ろした。
「良いタイミングで良い時間帯でゴールを取ってくれた。自分が特に最初にいじり出したことだったので。
(自分が)メンバーを外れて(練習場からバスに乗ってアウェイゲームに向かう木村を)送り出すときに『お前、決めんなよ』とか言っていたんですけど、これでやっと『今日も決めてこいよ』とみんなにも言われるだろうし。これからどんどん活躍してくれると思うので、良かったかなと思います」
勝利を決定づけたゴールは、神戸に駆けつけた岡山の応援団の目の前で奪ったもの。ルーキーイヤーに先輩が披露していた、JR岡山駅の東口に設置してある桃太郎像を真似たポーズで、ゴール後はスタンドを見つめた。
「サポーターの人たち1人ひとりの喜んでいる顔が見えました」
J1で注目度が高まっても「地域の人たちやサポーターの人たちがいてこその僕たち」という気持ちを抱き続ける木村の目は、歓喜に波打つファジレッドを細部まで捉えていた。
(取材・文:難波拓未)
【著者プロフィール:難波拓未】
2000年4月生まれ。岡山県出身。8歳の時に当時JFLのファジアーノ岡山に憧れて応援するようになり、高校3年生の夏からサッカーメディアの仕事を志す中、大学在学中の2022年からファジアーノ岡山の取材と撮影を開始。2024年からは同クラブの公式マッチデープログラムを担当し、現在は様々な媒体にも取材記事を寄稿している。メディア人として東京での2年間の育成型期限付きを経て、2026年から地元・岡山でフリーランスとして活動。モットーは、「魂を込めて、クラブや選手の魅力を伝える」こと。
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