
サッカー日本代表のテクニカルスタッフリーダーを務める寺門大輔氏【写真:藤江直人】
ハリー・ケインの欠場も、オランダの”サプライズ招集”も、彼らにとって驚きではなかった。対戦相手1チームにつき最大100人の選手映像を解析し、AIと50人の学生スタッフを総動員して情報を処理する。FIFAワールドカップ2026(W杯北中米大会)に臨むサッカー日本代表の裏側では、ピッチに立つ選手たちと同じ熱量で戦い続ける職人たちがいる。膨大なデータと無数のパターンを分析し続ける彼らが最後に信じるものは――。(取材・文:藤江直人)
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AIが変えたもの、変わらないもの

国際親善試合・アイスランド戦の模様【写真:Shinya Tanaka】
「プロのアナリストの方々の手を借りなければいけない部分もあると、当初から想定していました。学生に対する次世代へのアプローチも並行させながら、二段、三段構えでいい準備ができたと思います」
AI(人工知能)がより身近になったいま、分析作業も以前からは想像もつかないほど変貌を遂げた。
「僕がキャリアをスタートさせた23、24歳のころは、誰が誰にパスした、誰が何本のパスを通したとかはすべて手作業で確認していました。
僕よりも以前は、たとえばVHS規格のビデオ映像は等倍じゃないとダビングできない、といった時代もあったので、若いころは『お前らはいいよな』とよく言われました」
中下氏は苦笑いしながら、いまの作業は「もっと楽になっている」とAIに対してこう言及した。
「映像やデータを扱う仕事はAIのおかげですごく簡単になっています。それでも以前から変わらないのは、最後に監督やコーチ、選手たちに情報を届けるのは僕たち人間という点ですね。
そこには信頼関係が存在しなければいけない。彼が言っているのだから大丈夫、という関係が間違いなく必要になってくるので」
AIに象徴される最新のテクノロジーを活用しながら、アナログ的とたとえられる取捨選択方法や伝達方法が融合される。そのときに初めてテクニカルスタッフの仕事が成り立つと寺門氏も続ける。
「逆に僕たちが試される部分」

サッカー日本代表FW上田綺世【写真:Shinya Tanaka】
「膨大な量の情報をAIの力や学生スタッフの力を借りながら、僕たちの目に代わって選定してもらう。そうした情報をサムライブルー仕様にして、チームに伝える形にするのは僕たちの仕事だと思っています。
ただ、何でもかんでも伝えればいいというわけでもない。状況や相手の性格なども考えながら、伝える情報量も考えていく。そこはAIが取って代われないし、逆に僕たちが試される部分だと思っています」
具体的な分析方法などはもちろん部外秘となる。それでも、こうした考え方のもとでテクニカルスタッフはどのような活動をしているのか。日本が歴史的な初勝利をあげた、3月のイングランド代表戦を振り返る。
この試合ではイングランドのエースストライカー、ハリー・ケインの欠場がキックオフ直前に決まった。先発どころか、リザーブにも名を連ねていない。日本はケインが出場する前提で準備を進めていた。
「先発メンバーが発表されたときに、相手の選手配置がどのような形になるのか。
以前に一度だけ、試合途中でイングランドがゼロトップを試したケースがあったので、おそらくその形で来る予測して伝えました。テクニカルスタッフ全員の力を結集させて、想定外をそうではない状況に変えた結果だと思います」
寺門氏がキックオフ直前における森保監督やコーチングスタッフ、選手たちとのやり取りを振り返れば、中下氏はイングランド戦の数カ月前から、すでに戦いはスタートしていたと打ち明ける。
“サプライズ”も想定内に

テクニカルスタッフとして、自身3度目のW杯に臨む寺門大輔氏【写真:藤江直人】
「日本もイングランドも10日ほど前に招集メンバーを発表していますが、そこから分析作業をスタートさせていては当然ながら遅すぎます。
数カ月前から相手の試合をいくつも見たなかでメンバー構成や、相手の監督の考え方、あるいはチームの骨格というものを見抜いていく。そこも僕たちの重要な仕事です」
映像分析する相手選手の数は、1チームあたり50人から最大で100人に達した。
すべては8大会連続8度目のワールドカップ出場を決めた昨年3月から、テクニカルスタッフチームが人員と時間をかけて、代表チームだけでなく各所属クラブでの映像も入手。想定外を想定内とする作業を積み重ねてきた成果だ。
初戦で対戦するオランダでは、代表歴のなかった24歳のクリセンシオ・サマーフィルや、2年以上も代表から遠ざかっていた35歳のベテラン、マルテン・デ・ローンの招集が国内メディアやファンを驚かせた。
しかし日本、特に森保監督が全幅の信頼を寄せるテクニカルスタッフにとってはサプライズではなかった。ピッチ外の準備をすべて整えて、日本は14日(日本時間15日)のキックオフを待つ。(第2回目に続く)
(取材・文:藤江直人)
【著者プロフィール:藤江直人】
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後の1989年に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
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【了】
