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人口53万人の島国が世界を驚かせた。スペインを止めた40歳守護神ヴォジーニャの軌跡【北中米W杯コラム】

カーボベルデ代表のヴォジーニャ
カーボベルデ代表のヴォジーニャ【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)で、人口約53万人の島国カーボベルデが世界を驚かせている。初出場ながら優勝候補スペインを無得点に封じ、ウルグアイ、サウジアラビアとも引き分けてグループステージを突破。その中心にいるのが、40歳の守護神ヴォジーニャだ。トップクラブでの実績はない。それでも、数々の国を渡り歩いてきたベテランGKは、スペイン戦で歴史的な勝ち点1をもたらした。大西洋に浮かぶ小さな島国と、その象徴となった男の軌跡をたどる。(文:佐藤徳和)[2/3ページ]

優勝候補スペインを止めた

カーボベルデ代表戦のスペイン代表
カーボベルデ代表と引き分けたスペイン代表は落胆…【写真:Getty Images】



 センターバックのローガン・コスタは現在、リーガのビジャレアルに所属し、カーボベルデで最も知名度の高い選手の一人だ。

 1メートル90の恵まれた体躯を誇る25歳は、フランスのサン=ドニ出身で、スタッド・ランスでキャリアをスタートし、ル・マン、トゥールーズでもプレーし、年代別代表ではフランス代表として選出された実績を誇る。

 だが、昨夏のプレシーズンマッチで膝の前十字靭帯を断裂。シーズン終盤の2試合で計28分間プレーしたが、スペイン戦では出場の機会はなかった。

 カーボベルデ代表の初戦は、優勝候補筆頭のスペインであった。

 イギリスに本社を置く世界最大のブックメーカー『Bet365』は、スペインを1位に置いていた(6月3日現在)。

 前日には、初出場国のキュラソーがドイツに1-7と大敗を喫したこともあり、極めて厳しい戦いが予想された。

 それでもカーボベルデはコスタを欠きながら、守備陣が奮闘した。

 序盤はスペインの選手は笑顔を見せる余裕もあったが、時間が少なくなるにつれて次第に表情が硬くなっていく。

 終盤にはラミン・ヤマルやニコ・ウィリアムスの“飛車角”が投入され、スペインが最後の猛攻を仕掛ける。

 しかし、スペインは23本ものシュートを放つが、最後までゴールをこじ開けることはできず。スコアレスドローに終わった。

 スペインの選手たちが、まるで敗戦を喫したような表情を浮かべていたのに対し、カーボベルデの選手たちは勝利を挙げたようにピッチの上で歓喜した。

 歴史的な勝ち点1をサッカー強国から勝ち取ったのだから、当然だろう。

 そのカーボベルデで圧倒的な存在感を示したのがGKヴォジーニャだった。

40歳守護神ヴォジーニャ

カーボベルデ代表GKヴォジーニャ
ヴォジーニャのインスタグラムのフォロワー数が爆増【写真:Getty Images】



 マン・オブ・ザ・マッチの活躍を見せた40歳のGKは、インスタグラムのフォロワー数が試合前に約4万5000人だったが、試合終了から2時間経たないうちに200万人を超えた。

 さらに今では1000万人を超えているというから驚きだ。

 ヴォジーニャは、北部のバルラヴェント諸島を構成する島の一つ、サン・ヴィセンテ島の中心都市ミンデロの生まれだ。

 人口約7万人を擁する同市は、首都プライアに次ぐ規模を誇る。

 カーボベルデを離れ、初めて国外でプレーしたのは東欧の小国モルドバだった。当時すでに29歳。

 2015年にジンブル・キシナウへ加入すると、その後はポルトガルのジル・ヴィセンテ、キプロスのAELリマソール、スロバキアのASトレンチーンを渡り歩き、現在はポルトガル2部のGDシャヴェスに所属しているが、6月30日には契約満了を迎える。

 各国を転々としながらキャリアを築いてきたその顔には、数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の風格が漂う。

 頬のこけた精悍な顔つきは、まさに戦う男そのものだ。

 トップクラブでのプレー経験こそないものの、スペイン戦で見せた数々のビッグセーブは、欧州の強豪クラブでも十分通用すると思わせるものだった。

「おばあちゃん」という名の英雄


ピンクのユニフォームを着ているのがヴォジーニャの母【写真:Getty Images】



 ヴォジーニャのプレーは、イタリアでも話題となり、スポーツ紙『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』が17日にインタビューしている。

 ヴォジーニャの名はニックネームで、本名はジョジマール・ディアス。その理由をこう明かす。

「実はホルヘ・バルダーノという名前になるはずだった。私は1986年6月3日に生まれた。その時はメキシコ・ワールドカップの最中で、最終的にはアルゼンチンが優勝する大会だった。父は大のサッカーファンで、アルゼンチン代表のバルダーノが好きだった。でも戸籍担当の職員に、子どもに外国人名は付けられないと言われたんだ。それで父はポルトガル語圏の選手を選んだ。ジョジマールは絶好調だったからね」

 ブラジル代表のサイドバックだったジョジマールの名前に至った経緯が説明された。

 そして、ヴォジーニャのニックネームについては、こう話している。

「これはもっと長い話になる。私は祖父母に育てられた。父は軍人で、母は家族を養うために働かなければならなかったからだ。近所の子どもたちは私よりずっと年上で、私はいつも路上で一緒に遊んでいたけれど、よく殴られていた。負けず嫌いで反抗的だったし、負けるのが嫌だった。殴られて、やり返せないと怒って家に帰った。そしてその子たちは、私が祖父母に泣きつきに行くと言ってからかったんだ。『ヴォジーニャ』は“おばあちゃん”という意味なんだ」

 さらに続ける。

「そうして生まれたあだ名だ。試合後に泣いたのは、祖父母が僕のためにあらゆることをしてくれたからだ。2人がこの瞬間を味わえなかったことが残念でね。最初に思い浮かんだのは祖父母だった。もう7年前に亡くなっている」

 スペイン戦でマン・オブ・ザ・マッチに選出されたヴォジーニャは、こうも語っている。

「誇りに思う。愛する祖国を代表することが私にとっての名誉だ。人々が今、私の名前を叫んでくれるのを聞くのは信じられないほどの報酬だった。私は40歳だけれど、プロになったのは25歳の時なんだ。だからこのワールドカップを、自分の歩んできた道へのご褒美として生きている。もしできるなら、18歳の頃のヴォジーニャに、『今の自分という人間を誇りに思え』と言いたい。子どもの頃には、こんなことは夢見ることさえできなかった。ただ全力を尽くしてきただけなんだ。そして今、それだけの価値が本当にあったと言える」

 多くの苦楽を経験した者にしか言えない言葉だ。

 ヴォジーニャは続ける。

「スペインとの引き分けは計り知れない価値がある。我々は歴史を作り、国民の愛に感謝している。予選の道のりは本当に厳しかった。(スペインと戦った)アトランタの地で我々の願いは叶った。スペインのような非常に強いチームと戦い、彼らを止めた。今ではほとんどの人がカーボベルデがどこにあるか知っている。そして何より、カーボベルデがどういう国かを知っている。大きな心を持った小さな国だ。我々は粘り強く、自分たちのルーツに誇りを持っている。そしてカーボベルデの名を高めるために全力を尽くす」

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