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人口53万人の島国が世界を驚かせた。スペインを止めた40歳守護神ヴォジーニャの軌跡【北中米W杯コラム】

カーボベルデ代表のヴォジーニャ
カーボベルデ代表のヴォジーニャ【写真:Getty Images】



 FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)で、人口約53万人の島国カーボベルデが世界を驚かせている。初出場ながら優勝候補スペインを無得点に封じ、ウルグアイ、サウジアラビアとも引き分けてグループステージを突破。その中心にいるのが、40歳の守護神ヴォジーニャだ。トップクラブでの実績はない。それでも、数々の国を渡り歩いてきたベテランGKは、スペイン戦で歴史的な勝ち点1をもたらした。大西洋に浮かぶ小さな島国と、その象徴となった男の軌跡をたどる。(文:佐藤徳和)[1/3ページ]

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ワールドカップが生む“未知との遭遇”

キュラソー代表
キュラソー代表など、北中米W杯は初出場国が多数出ている【写真:Getty Images】



 ワールドカップの醍醐味の一つが、優れた無名の選手の発掘だ。

 その選手が知名度の低い国のプレーヤーとなれば、一層関心は増すことだろう。

 “未知との遭遇”は、好奇心をかき立てるものだ。

 北中米カリブ海サッカー予選を勝ち上がり、W杯に初出場したキュラソーも、多くの人が初めて耳にする国名であったのではないか。

 北中米カリブ海2次予選グループCを4戦全勝で勝ち抜けた。3次予選(最終予選)では、1998年本大会出場のジャマイカや2006年本大会出場のトリニダード・トバゴと同組ながら、6戦3勝3分けとグループCで首位通過を果たし、初のW杯への切符を勝ち取ったのだ。

 北中米カリブ勢では近年、コスタリカがW杯で素晴らしい成績を残している。

 2014年大会では、W杯優勝経験国が3チームも属する“死の組”に組み込まれたが、ウルグアイとイタリアを破り、イングランドとは引き分け、誰もが予想しなかった1位突破を果たした。

 ベスト16でギリシャをPK戦の末に撃破。準々決勝では、オランダとの対戦で120分を無失点に封じたが、PK戦で涙を呑んだ。

 2018年大会も本戦に駒を進めたが、1分け2敗でグループステージ敗退。そして、2022年大会ではスペインに0-7と大敗を喫したものの、日本に2-1と勝利。世界に驚きをもたらした。

 北中米カリブ勢のコスタリカの例もあって、キュラソーにも注目が集まっていたが、ドイツとの“W杯デビュー戦”は、1-7と惨敗を喫した。

 それでもユヴェントス Next Genでプレーしたリヴァーノ・コメネンシアが決めた1-1の同点弾は、キュラソーの人々に希望を抱かせたはずだ。

人口53万人の島国

カーボベルデ代表
人口53万人ながらW杯出場を決めたカーボベルデ代表【写真:Getty Images】



 もう一つの初出場国、カーボベルデも日本人にとっては馴染みの薄い国だ。もしかすると、「薄い国だった」と過去形にすべきかもしれないが……。

 2002年大会からW杯予選に参加し、7度目の挑戦にして初めての本大会出場を決めた。

 だが、アフリカ・ネイションズカップでは2013年大会に初出場ながらグループステージを突破。以降は2015、2021、2023年の本大会に出場している。

 2023年大会では、エジプト、ガーナと同じ組となったが、首位で勝ち抜け、ベスト16でモーリタニアを破り、ベスト8の結果を残した。

 2025年大会は予選敗退。グループCで1勝しかできず、勝ち点4であっさりと姿を消した。

 それでも、2026年W杯予選では、グループDで“不屈のライオン”カメルーンを退け、首位でW杯出場権を勝ち取った。

 2位でプレーオフに進出したカメルーンは準決勝でコンゴ民主共和国に0-1と敗れて敗退。そのコンゴ民主共和国は、決勝でナイジェリアをPK戦で破り、1974年以来となる2度目の本大会出場を決め、本大会ではポルトガルと対戦し、1-1で引き分けている。

 カーボベルデ共和国は大西洋の中央、西アフリカ沖に位置する島国だ。10の島からなり、総面積は約4000平方キロメートルで滋賀県とほぼ同じ面積を擁す。

 正式名称はポルトガル語でRepública de Cabo Verde。本来の発音に近いカタカナ発音は「カーボ・ヴェルデ」だろう。ポルトガル語で「緑の岬」を意味する国名だ。

 人口は約53万人(2025年)。東京都の江東区ほどの人口である。

 首都はプライア。南部のソタヴェント諸島にあるサンティアゴ島の南に位置する。カーボベルデの総人口の4分の1に相当する約14万人の人口を持つ。

苦難の歴史とサッカー


カーボベルデのサッカー場(写真は2005年のもの)【写真:Getty Images】



 記録に残る限りで初めて発見されたのは1456年。

 ヴェネツィア人の航海者アルヴィーゼ・カダモストが、アフリカ西岸沖でカーボベルデ諸島のいくつかの島を発見した。

 同年、ポルトガル人航海者ヴィセンテ・ディアスが、ディオゴ・ゴメスとともに遠征隊を率いていたジェノヴァ人航海者アントニオ・デ・ノーリが諸島に上陸し、これらの島々を正式に無人の土地として記録している。

 1975年7月5日、カーボベルデはポルトガルから独立を果たしたが、干魃やポルトガル植民地支配下で続いた数世紀に及ぶ経済停滞により、経済の状況は深刻だ。

 今でもカーボベルデの生活は厳しく、生産力は依然として限定的である。

 経済を支えるのは観光業。また海上交通の要衝として、植民地時代から補給港として発展してきた。漁業ももちろん重要産業の一つである。

 鉱物資源はほとんど存在せず、慢性的な干魃に悩まされ続けている。

 プライアの中心街から約7キロの場所にあるナショナル・スタジアム周辺も、焼け野原のような風景で、干魃の被害が見て取れる。

 農業生産が国内需要を満たす割合はわずか10%程度にとどまっており、輸入に頼らざるを得ない。

 カーボベルデ本国にもチャンピオンシップ(リーグ戦)は存在する。

 全12チームが3つのグループに分かれてリーグ戦が行われ、各グループの最上位チームと3つのグループで最も成績の良い2位のチームが戦う優勝決定トーナメントが行われている。

 それ以外にも諸島ごとの大会なども開催されている。

 しかし、今大会に参加するカーボベルデ代表のメンバーは、全員が国外のクラブでプレーする選手たちで構成されている。

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