
なでしこジャパンの熊谷紗希【写真:編集部】
今年2月、熊谷紗希を取材した際、「SAKI KUMAGAI WORLD CHALLENGE」は、まさにロンドン遠征を目前に控えたプロジェクトだった。なでしこケア設立当初から抱いてきた「子どもたちへ経験を還元したい」という思いは、この春、実際に4人の少女をロンドンへ送り出す形となった。そして、熊谷自身も新シーズン、来年のFIFA女子ワールドカップへ向けた「勝負の1年」を迎えようとしている。(取材・文:竹中愛美)[1/2ページ]
「新しい自分に出会いに行くことにつながった」海外で得た経験を次の世代へ

現在はイングランド・ウィメンズ・スーパーリーグ(WSL)のロンドン・シティ・ライオネスでプレーする熊谷紗希【写真:GettyImages】
熊谷紗希がおよそ15年間、ドイツ、フランス、イタリア、そして現在のイングランドと海外でプレーし続けてきた理由。その経験こそが、このプロジェクトの原点だった。
「20歳のときに日本を離れてから、ドイツ、フランス、イタリア、そして現在のイギリスと約15年間、海外でプレーしています。新しい環境に飛び込むことは本当に簡単なことではなくて、苦しかったときもありました。
でも、そういった経験が自分の殻を破って、新しい挑戦をする、新しい自分に出会いに行くことにつながったことは間違いないと思います。サッカーを通して世界を知れたことで、サッカー選手としてだけではなく、一人の人間として成長できたと本当に思っています」
その経験を、自分だけのものにしたくなかった。
だからこそ、自身が代表理事を務める一般社団法人なでしこケア(なでケア)を通じて、昨年10月「SAKI KUMAGAI WORLD CHALLENGE」を立ち上げた。
このプロジェクトでは、全国から選ばれたU-12世代の女子選手4人が約10日間ロンドンに滞在。アーセナルアカデミーでのトレーニングやホームステイ、現地でプレーする日本人選手との交流などを経験した。
熊谷がこの年代にこだわった理由も明確だ。
「日本の女子サッカーは、小学生から中学生に上がるタイミングで競技を続けるかすごく悩む時期というか、環境も含めて競技人口がすごく減ってしまうという大きな課題があります。
だからこそ、その少し前のU-12の子たちに世界を体感してもらって、いろんな環境や可能性があることを知ってほしいなって。それが一番の思いで生まれたプロジェクトです」
このロンドン遠征で熊谷が感じたのは、子どもたちの変化だった。
子どもたちが見せたおよそ10日間での変化

熊谷紗希は自身がプロデュースする次世代育成プロジェクト「SAKI KUMAGAI WORLD CHALLENGE」の実施報告を行った【写真:編集部】
「アーセナルアカデミーの練習に参加した一番最初は、いつもの元気がないというか、すごく緊張した様子もありました。ただ、約10日間過ごして、最後の練習になると、自分から話しかけに行ったり、仲間をつくれたりしていて、成長を感じました」
しかも、その成長は帰国後も続いている。
プロジェクトは「行って終わり」ではない。4月からはオンラインでメンタリングとモニタリングを重ね、一人ひとりの変化を見守っている。
そこで届いた子どもたちの声は、熊谷の想像を超えるものだった。
「以前はなかなか自分から行動できなかった。やっぱりお母さんにどうするか決めてもらっていたけど、今は自分で考えてできるようになったっていう」
そんな変化を、参加した4人全員が自分の言葉で語ったという。
「自分たちが想像していた以上に子どもたちの成長を感じたと思っています」
サッカーの技術だけではない。海外での経験が、人としての成長につながっている。その手応えを熊谷は強く感じていた。
そして、もう一つ忘れられない場面があった。
チェルシーの浜野まいかやトッテナムの古賀塔子ら若きなでしこジャパンの選手が子どもたちと交流したときのことだ。
「浜野選手や古賀選手が『5年後、待ってるよ』と言ってくれて。その言葉って、子どもたちにとってすごく大きかったみたいで、憧れだったなでしこジャパンがより子どもたちにとっては『もしかしたら自分たちも行けるかもしれない場所』に変わった。すごく印象的な、素敵な時間になった」
自身が12歳だった頃とは、女子サッカーを取り巻く環境も大きく変わった。
「自分が子どもの頃より間違いなく上手」

参加した子どもたちはこのプロジェクトで世界を肌で感じ、人としても成長したという【写真:編集部】
「私自身、15歳まで男子の中でプレーしていて、(出身の)北海道には女子サッカーの選手が本当にいなくて、ましてやサッカーを通して海外に行けるなんていう環境もなかった」
自身の頃との環境の変化が大きいようで、今の子どもたちには大きな可能性を感じている。
「自分が子どもの頃より間違いなく上手だなと感じていて、良い意味で怖いもの知らずなんですよ」
アジアカップ後、初めて子どもたちと顔を合わせたときのエピソードが印象的だったという。
「『アーセナル行けそう?』みたいなことを聞いたら、『全然行けます!』みたいな。『不安』とか、『行けません』みたいな言葉が子どもたちの口から出てこないんです。自分たちの頃より心臓が強い子が多いなと感じた」と言い、こう続けた。
「怖いものを知らないんだったら、どんどん飛び込んでいろいろ感じられるのかなって思いました」
およそ10日間の経験を経て、子どもたちは自ら考え、行動するようになったという。熊谷は、その姿にプロジェクトが目指していたものが少しずつ形になり始めている手応えを感じていた。
「(来年のW杯開幕前の)タイミングでこのプロジェクトもできたこともすごく嬉しいですし、やっぱり現役の自分がやることに意味があるかなっていうのはすごく感じていて、タイミングも良かったです。自分自身もプレーヤーとしても、プロデューサーとしても覚悟を持ってやっているので頑張りたいなと思います」
未来へ経験をつないでいく。その役割を「現役」で担うことに、熊谷は大きな意味を見いだしている。今回の会見では、熊谷が初めて「最後のワールドカップ(W杯)」と口にしたことも印象に残った。