
アンドレア・ピルロ【写真:Getty Images】
混迷が続くイタリア代表の新監督候補に、想定外の名前が浮上した。2006年ドイツワールドカップ優勝メンバーで、稀代のレジスタとして世界に名を馳せたアンドレア・ピルロだ。新たにテクニカルディレクターへ就任したパオロ・マルディーニが、指導者としての「伸びしろ」を高く評価しているという。しかし、監督として残してきた実績は、輝かしい現役時代と比べれば物足りない。なぜ今、漂流するアッズーリの指揮官候補にピルロの名が浮上したのか。その背景と不安材料を整理する。(文:佐藤徳和)
想定外の候補

パオロ・マルディーニ【写真:Getty Images】
新たなイタリア代表新監督の候補に想定外の名前が浮上した。
その名はアンドレア・ピルロ。イタリアが世界に誇った稀代のレジスタである。
選手としてのキャリアは申し分ないが、監督としては疑問がつく人選だ。
なぜこの人物の名が突然浮かび上がったのか。その経緯を振り返りたい。
6月22日、世界中の目がFIFAワールドカップ2026(北中米W杯)の開催国、アメリカ合衆国、カナダ、メキシコに向けられる中、イタリア・サッカー連盟(FIGC)の新会長にジョヴァンニ・マラゴーが選出された。
ローマのホテル、カヴァリエーリ・ウォルドーフ・アストリアで開かれたFIGC総会において、1959年3月13日生まれのイタリア・オリンピック委員会前会長のマラゴーが得票率68.5%を獲得。
2014年8月まで約7年間にわたりFIGC会長を務めたジャンカルロ・アベーテを破って、正式にFIGC会長へ選出された。
さらに7月11日、FIGCの新テクニカルディレクター兼クラブ・イタリア会長に、ミランのバンディエラであったパオロ・マルディーニが就任した。
クラブ・イタリアとは、サッカーだけでなく、フットサルとビーチバレーの男女年代別代表を一元的に管理し、代表強化の方針を決める役割を担う、すべてのイタリア代表を統括する組織である。
マルディーニの説明は、もはや不要であろう。
1968年6月26日生まれの58歳。現役時代はミラン一筋で25年間プレーし、イタリア代表でも126試合に出場したレジェンドの中のレジェンドだ。
セリエA優勝7回、UEFAチャンピオンズリーグ優勝5回を誇る。
マルディーニとレオナルド

写真左:レオナルド【写真:Getty Images】
サプライズとなったのが、元ブラジル代表MFレオナルドのアドバイザー就任である。
マルディーニの右腕としてFIGCに加わることとなったのだ。
1969年9月5日生まれ。現役時代は左サイドや攻撃的MFとして活躍し、フラメンゴ、サンパウロ、鹿島アントラーズ、パリ・サンジェルマン、ミランなどでプレーした。
引退後はミランやインテルで監督を務め、スポーツディレクターとしてもクラブ運営で実績を残している。
マルディーニが強く入閣を要求したとみられ、正式発表まで全く噂に上がらないサプライズ就任となった。
そして、アントニオ・コンテかロベルト・マンチーニか、あるいは――これは夢の域を脱し得ないが――ペップ・グアルディオラの3人が、アッズーリの新監督候補であった。
ここに突如、ピルロの名が加わることとなったのだ。
第一報を報じたのは7月13日、イタリア紙『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』だった。
1979年5月19日生まれ、47歳のピルロは、現役時代にミランでセリエAを2度、ユヴェントスで4度制覇。
ロッソネーロではUEFAチャンピオンズリーグ(CL)も2度制している。
イタリア代表でも2006年ドイツ・ワールドカップ優勝の立役者の一人となり、世界一を経験した。
しかし、冒頭で述べたように、指導者としての実績は、その輝かしい現役時代と比べると物足りなさが残る。
監督ピルロの実績

ユヴェントスの監督時代のアンドレア・ピルロ【写真:Getty Images】
ピルロの指導者としてのキャリアを振り返ろう。
20/21シーズンにユヴェントスを率いてスーペルコッパとコッパ・イタリアを制覇したものの、セリエAでは4位に終わり、それまで続いていたスクデットの連覇を「9」で止めてしまった。
ユーヴェはそれ以来、一度もセリエAを制覇できていない。
勝利のサイクルを止めてしまった指揮官と言われても、反論は難しいかもしれない。
シーズン終了後に解任されると、約1年後の2022年6月12日、トルコのスュペル・リグに所属するファティ・カラギュムリュクSKの監督に就任した。
しかし、チームが9位につけていた22/23シーズン終盤の2023年5月24日、リーグ戦を3試合残した時点で、クラブとの契約を双方合意のうえで解除した。
その1か月後の6月27日には、セリエBのサンプドリアの監督に任命される。
一時は降格圏まで順位を落としたものの、最終的には7位でシーズンを終えた。
しかし、2年目は開幕3試合で1分け2敗と低迷し、巻き返しの兆しが見えないまま解任された。
その後、UAE(アラブ首長国連邦)のユナイテッドFCの監督に迎えられる。
25/26シーズンには、UAEファーストディヴィジョンリーグ(2部)を戦ったクラブをUAEプロリーグ(1部)昇格へ導いている。
つまり、指導者の道を歩み始めてから獲得したタイトルは、スーペルコッパとコッパ・イタリアの2つしかないのだ。
あまりにも寂しいプロフィールだ。
UAEプロリーグ昇格も、実績の一つに記しておこう。
この驚きの一報は、悪い冗談だと思われた。
しかし、その信憑性は高く、ピルロ新監督誕生の可能性は高まっている。