FIFAワールドカップ2026で、日本代表は初のベスト8進出まであと一歩に迫った。しかし、世界一を目指すのであれば、その先にはまだ大きな壁がある。日本はスペインのようなサッカーを目指すべきなのか。それとも、日本だけの勝ち方を追求すべきなのか。現役Jリーグ監督であり、ドイツでの指導経験も持つシュタルフ悠紀リヒャルト監督に、ドイツ代表の歩みも踏まえながら、日本代表が進むべき「JAPAN’s Way」について聞いた。(取材・文:高橋大地) [1/2ページ]
大会自体は「少し残念でした」
――今大会を振り返ると、どのような大会だったと捉えていますか?
シュタルフ悠紀(以下シュタルフ):「スタイルの重要性」を感じました。
監督が長く指揮を執っているかどうかにかかわらず、それぞれの国にはDNAがあり、そのスタイルを貫いている国が強いのではないかと感じました。
スペインのようにスタイルが明確な国もあれば、フランスのように個を生かすサッカーをする国もある。そうした国ごとの成熟度が高いほど、結果につながるのだと思います。
ありきたりな意見かもしれませんが、今のW杯には明確な弱者がほとんどいません。本当の意味で、極端に力の劣る国がなくなったことも影響していると思います。どの国もある程度は走れて、粘り強く戦え、一定の組織力がある。選手も相応のレベルのリーグでプレーしています。
そのなかで違いを生んでいるのは、やはり成熟度です。スペインであれば、ポジショナルプレーをベースにしたポゼッションサッカーを、誰が出ても実践でき、軸がぶれない。
アルゼンチンであれば、メッシに依存する部分があっても、メッシ以外の選手がハードワークする。本当にスポーツマンなのかと問いただしたくなるほどラフな面もありますが、それも昔から続くアルゼンチンの伝統的な戦い方です。
逆に、自分たちのアイデンティティを見失っている国は、厳しい現実を突きつけられました。残念ながら、僕の母国であるドイツもその一つです。
日本に置き換えても、自分たちのスタイルではなく、引いて守って何とかしようとした試合では勝ち点3を取れませんでした。今までもそういう戦い方を選択せざるを得ない場面はあったかもしれませんが、引いてローブロックで凌ぐのは日本本来のスタイルではないと思います。
もちろん母数が少ないため、統計学的に何かを断定するのはナンセンスです。ただ、傾向として、自分たちのフットボールで勝負している国は見ていて面白く、ある程度は結果も伴っている。そう感じる大会でした。
一方、ピッチ外の面では、さまざまなルール変更がありました。大会は48チーム制となり、各組3位のうち成績上位8チームもラウンド32に進める。組み合わせも複雑で、対戦相手によっては、トーナメント表や日程に不公平感が生じます。VARが関与するのか、しないのかという議論も含め、サッカーの本質とは異なる部分が大きく報じられた大会でした。そうした状況を感じざるを得なかったことは、少し残念でした。
現代サッカーは守り切ることが難しい
――プレー面について伺います。大会中のインタビューでも、日本代表が優勝、あるいは上位進出を目指すには、ローブロックを中心とした戦い方を変える必要があるのではないかとおっしゃっていました。大会を通じて、日本を含む各チームの守備をどのように見ましたか?
シュタルフ:ローブロックは、今後、次第に姿を消していくのではないか。今大会を見て、そう感じました。
これまでは、引いて守る、英語で言えば「バスを止める(Park the Bus)」という戦い方がありました。ジョゼ・モウリーニョが率いたチェルシーなどについて、よく使われていた表現だと思います。
「Offense wins games, defense wins championships」という言葉があるように、攻撃は試合を勝たせるが、タイトルをもたらすのは守備だという考え方です。そのため、まず守備から入ることが主流だったと思います。
ただ、現在はさまざまな要素が進化しています。プレースピードが上がり、ボールも以前より飛ぶようになった。VARの関与によって、PKになるケースもあります。そうした変化によって、ゴール前では以前より得点が生まれやすくなっていると思います。
FIFA公式サイトによると、今大会では過去最多となる308ゴールが記録されました。もちろん試合数が多いことも影響していますが、1試合平均2.96ゴールは1970年大会以来、56年ぶりの高水準だそうです。
つまり、さまざまな要因によってゴールが生まれやすくなっており、ローブロックで逃げ切ることは、もともとその文化を持つチームにとっても難しくなっているといえます。
アルゼンチンは、9人でローブロックを組むような形になることもありますが、体を張って守ることには長けています。それでも、最終的にはこじ開けられました。
パラグアイもドイツを相手に、延長で一度は守備を破られましたが、VARによってゴールが取り消され、結局はPK戦で勝ち上がりました。続くフランス戦でも、70分に守備をこじ開けられた。最後まで守り切ることは難しいのです。
だから、時間限定ならともかく、ずっとローブロックで守るのはあまり得策ではないと思います。
最も失点が少なかったスペインは、ボール保持率が高いだけでなく、守備ラインも比較的高かったと思います。詳細なデータを確認したわけではありませんが、基本的には前線から守備をしていました。その姿勢が結果にも表れているのだと思います。
イングランド対アルゼンチンでも、イングランドが前線から積極的に守備をしていた時間帯は無失点でしたが、ローブロックを敷いてから2失点し、敗退しました。そうした場面が目立つ大会でした。この流れは、ルールが大きく変わらない限り、逆戻りすることはないと思います。
ローブロックについては、考え方を改める必要があります。僕自身、自チームでこれまでとは異なるローブロックに挑戦していますが、今後はその形をさらに見直していかなければならないと考えています。
――VARが厳格に採用されるようになり、PKになりやすくなった。クリーンな守備をしなければいけないという意味でも、ローブロックを敷くチームは不利になっていると感じました。
シュタルフ:シュートブロック一つを取っても、手が体から離れた状態でボールに当たれば、PKになることがあります。
以前は、意図的でなければハンドではないと判断される時期もあったと思います。しかし現在は、手や腕が体の動きに対して不自然な位置にあり、体を不自然に大きくしていると判断された状態でボールに当たれば、PKになることがあります。その点でも、守備は難しくなっています。
オフサイドポジションにいても、プレーに関与しなければオフサイドにはならないため、守り方はさらに難しくなります。
壁に関するルールも変わり、攻撃側の壁の使い方も変化しました。今後、新たな戦術が開発されるでしょうし、アーセナルが得意とするようなセットプレーもあります。
セットプレーの重要性を考えても、ローブロックでは相手のセットプレーを受ける回数が増えます。そういう意味でも得策ではないと、自分のチームに置き換えても感じています。
「コピーがオリジナルに勝てるのか」
――先ほど、上位に残った国には、その国におけるDNAやアイデンティティがあるという話がありました。スペインが筆頭で、フランスもそうだと思いますが、ほかに印象に残った国はありますか?
シュタルフ:上位に進めなかった国のなかにも、良いサッカーをしていた国、やろうとしていることが明確だった国はありました。
その国の伝統まで詳しく把握しているわけではありませんが、例えばモロッコです。ここ数年、スタイルは一貫していると思います。丁寧なボールポゼッションとスピーディーなカウンター。その軸がぶれていません。
今大会ではそれほど多くの試合を見られませんでしたが、クロアチアにもボールを大切にするスタイルがあります。近年、力をつけているセネガルも、今回は早期敗退となりましたが、同様に明確なスタイルを持つ国という印象があります。
そして、何といってもノルウェーです。今大会の台風の目とまでは言いませんが、ノルウェーにも、しっかりボールを保持するスタイルがありました。
好みは分かれると思います。横パスが多く、なかなか前進しない場面もある。それでも、何を目指しているのかが全試合を通じて見える。白黒映像で見ても、「これはノルウェーだ」とわかるほどです。
自分のなかでは、そのようにスタイルが明確なチームと、試合ごとに戦い方が変わるチームに分かれていた印象があります。
――1試合ごとに戦い方が変わるチームは、うまくいかなかったという印象ですか?
シュタルフ:そのような印象です。もちろん、アクシデントによって変えざるを得ないケースはあります。例えばメキシコ対イングランドで、イングランドがローブロックを敷いたのは、退場者が出た状態で、長時間にわたって2点のリードを守らなければならなかったからです。そうしたケースは別です。
それ以外で言えば、スタイルが確立されているほうが、選手は迷いなくプレーできると感じます。そして、そのスタイルが国の文化やアイデンティティと合致していることも重要です。
ドイツにまったくスタイルがないわけではありません。ユリアン・ナーゲルスマン(前監督)も、スペイン寄りのサッカーを志向していたと思います。ただ、それが自分たちの文化やアイデンティティに適合しているのか。そこは非常に重要なポイントです。
スタイルを選択していても、自分たちに適合していない国は難しい。少なくとも優勝から逆算すれば、結局はコピーにすぎません。では、コピーがオリジナルに勝てるのか。ポゼッションサッカーで、現在のドイツがスペインに勝つ未来図は、なかなか描けません。
だから、対戦相手と比べて自分たちが上回っているものに自信を持ち、それを貫き通すことが必要です。
ローブロックで一定の成功を収めた国としては、例えばカーボベルデが挙げられます。
これはあくまで仮説ですが、もともと強豪国ではないため、伝統的に、しっかり守って速攻に出るスタイルが根づいているのではないでしょうか。
極端に引くローブロックではなかったと思いますが、強豪国を相手にある程度機能していました。スペインにもアルゼンチンにも90分では負けていなかったと思います。
アイデンティティと合致していれば、極端な話、スタイルは何でもいいのかもしれません。自然体でサッカーができることが大事なのではないでしょうか。
――スペインは、あれがプレーモデルというより、準決勝あたりから、とても自然にやっているように見えました。
シュタルフ:そうですね。僕はスペインのサッカーこそがすべてだとは考えていませんが、それでも「染みついている」と感じます。一人ひとりのポジショニング、ボールの動かし方、ポジションのローテーション。対アルゼンチンだからこうする、相手が別の国だからこうするというような大きな変化は、どの試合でもそれほど感じませんでした。
極端に言えば、常に自分たちのサッカーで勝負している。選手も生き生きとプレーしています。
監督は、選手のキャラクターを使い分けるだけです。FWのミケル・オヤルサバルと、決勝点を決めたフェラン・トーレスではタイプがまったく違う。そうしたタイプの使い分けによって色を出す采配だったのではないかと思います。



