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コラム 4時間前

“Here we go”に終止符? 16歳の少年が「移籍市場の王」になった理由 ファブリツィオ・ロマーノの異色の半生【コラム】

ジャーナリストのファブリツィオ・ロマーノ氏
サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ【写真:Getty Images】



 “Here we go”の決め台詞とともに、世界中へ移籍情報を届けてきたファブリツィオ・ロマーノ。16歳でサッカージャーナリストの道を歩み始め、SNS時代を象徴する存在へと駆け上がった“メルカートの王”が、いま自身の発信スタイルに変化を示唆している。圧倒的な影響力を築くまでに、彼はどんな道を歩んできたのか。その異色の半生をたどる。(文:佐藤徳和)[1/2ページ]

“Here we go”に終止符? ロマーノが示唆した「変化」

サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ
サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ【写真:Getty Images】


 “Here we go”で世界的に有名な移籍専門ジャーナリスト、イタリア人のファブリツィオ・ロマーノが、ビジネス特化型SNSの『LinkedIn』にて、移籍情報の発信に終止符を打つ可能性を示唆した。

 日本では「ロマーノ砲」として知られ、イタリアでは、「メルカートの王」あるいは、ルネサンス時代の占星術師になぞられ、「ノストラダムス」などと評される。

 ロマーノは、自身の『LinkedIn』に以下のように記載。「おそらく、これまでと同じ形で移籍市場の仕事を続けるのは、そう長くない。アプローチと視点を変える時が来た。ただ、その件については、移籍市場が閉まった後に改めて話したい」。具体的な説明はないものの、今夏の移籍市場が閉幕した後に、今の活動を終了する意向を示している。

 “Here we go”とは一般的には「さあ、行こう!」の意味で使われるが、この場合には「移籍成立!」というような意味に汲み取られるだろう。信憑性も高く、世界のサッカーファンが、彼の発信を楽しみにしている。

 ロマーノは、“Here we go”のオフィシャルストアも作り、Tシャツやキャップなども販売している。“Here we go”のキャッチコピーを記したグッズだけではない。ロマーノに動画で言ってほしい文章を入力し、有料でパーソナライズド・ビデオの作成も行っている。もはや、“Here we go”は、ちょっとしたブランドと化している。

圧倒的な影響力を誇る「メルカートの王」を育てた師匠

サッカージャーナリスト ジャンルーカ・ディ・マルツィオ
サッカージャーナリスト ジャンルーカ・ディ・マルツィオ【写真:Getty Images】


 その影響力は絶大だ。ロマーノの『Instagram』のフォロワー数は約4,930万人(2026年8月12日現在、以下同様)。『X』は、約2,878万人である。無料多言語百科事典『Wikipedia』でのロマーノのページは、なんと40か国語もあるのだ。

 ロマーノと同様に移籍市場に精通している同胞のジャンルーカ・ディ・マルツィオと比較をしてみると、その数字がいかに突出しているかがわかるだろう。ディ・マルツィオの『Instagram』のフォロワー数は約100万人、『X』は約196万人でしかない。実は、この2人はかつて、師弟関係にあった。ロマーノは2023年8月、イタリア紙『コッリエーレ・デッラ・セーラ』のインタビューでこのように述べている。

「ディ・マルツィオには本当に感謝している。 ディ・マルツィオが私を、彼のサイトのチームに入れてくれ、その後、『Sky Sport(イタリア・メディア)』にも連れて行ってくれた」

 ロマーノは1993年2月21日生まれの33歳、ディ・マルツィオは1974年3月28日生まれの52歳。メルカートの情報発信における世界では、ロマーノが約20歳年上の先輩を、知名度ではすっかり上回ってしまっている。

ナポリで育った少年 16歳から始まったジャーナリスト人生

サンプドリア時代のマウロ・イカルディ
サンプドリア時代のマウロ・イカルディ【写真:Getty Images】


 ロマーノは、イタリア南部カンパーニャ州ナポリの生まれ。父はカンパーニャ州化学者会の会長を務め、母は生物学部門の主任を務めていた。教養の高い家庭で育った。ディ・マルツィオもナポリ大都市圏のカステッランマーレ・ディ・スタービアの出身である。

 実は、2022年4月に他界した敏腕代理人ミーノ・ライオラも、ナポリ近郊のカンパーニャ州サレルノ県ノチェーラ・インフェリオーレの生まれだ。ズラタン・イブラヒモヴィッチ、ジャンルイージ・ドンナルンマ、マリオ・バロテッリといったトッププレーヤーの代理人を務め、名を馳せた人物だ。

 カンパーニャ州生まれの人間に共通するものは、コミュニケーション能力である。人の懐に入るのが上手く、したたか。イタリア語でいう“furbizia(ずる賢さ)”を備えている。日本では、「ずる賢さ」はネガティブな印象を与えるが、イタリアでは、褒め言葉だ。

ロマーノのキャリアの始まりは、16歳の高校生の時。インテル専門情報サイト『FcInterNews.it』でニュースを執筆し始めた。

 そして、18歳だった2011年、彼の名が移籍市場で突如広まる。ある代理人から情報を得て、マウロ・イカルディがバルセロナBからサンプドリアへ移籍するという情報を独占で報じた。

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