
サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ【写真:Getty Images】
“Here we go”の決め台詞とともに、世界中へ移籍情報を届けてきたファブリツィオ・ロマーノ。16歳でサッカージャーナリストの道を歩み始め、SNS時代を象徴する存在へと駆け上がった“メルカートの王”が、いま自身の発信スタイルに変化を示唆している。圧倒的な影響力を築くまでに、彼はどんな道を歩んできたのか。その異色の半生をたどる。(文:佐藤徳和) [2/2ページ]
18歳で特ダネ 名門メディアより「移籍市場」を選んだ理由

スポーツメディア『Sky Sport』【写真:Getty Images】
この特ダネ移籍情報が転機となり、前述のロマーノのコメントのように、19歳という若さでディ・マルツィオのようなメルカートにおけるトップジャーナリストの下で働き始め、後にイタリア屈指のスポーツ・メディアの一つである『Sky Sport』に採用されることとなる。
20歳で『Sky Sport』の番組に出演する一方で、同時に、ナポリの『ウンベルトI世文系高校』を卒業したロマーノは、ミラノにある『カットーリカ・デル・サクロ・クオーレ大学』でコミュニケーション学を専攻した。だが、1年目に退学している。
「成績も悪くなかった。でも、自分のほうが先に進んでいるように感じた。すでに運転できる車の免許を取るために勉強しているような感覚だった」
さらに、『Sky Sport』からは、正社員採用を提示されたが、これを断っている。
「移籍市場だけを取り扱いたかった。夏と冬に何度か契約を結んだ後、『Sky Sport』から、編集部に残り、メルカート以外の仕事も担当しないかと提案された。しかし私は、別の道を進むことを選んだ」
その理由をこう続ける。「傲慢だったわけではない。ただ、私はヨットについても、F1についても何も知らない。そういうことをやると、集中力を失ってしまうように感じた」
「執念と語学」で世界へ SNS時代の移籍報道を確立

サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ【写真:Getty Images】
夏と冬になると、イタリアのスポーツニュースでは移籍情報が大きな割合を占める。イタリアで最も購読者が多いスポーツ紙であり、スポーツサイトでもある『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』も、紙面の多くが移籍情報で構成される。ファンはビッグディールの成立に一喜一憂し、不成立に落胆する。
「私は、イタリアの『取りつかれたように』移籍市場を追いかけるやり方を、国際的に広めたかった。イングランドのような場所では、それまでクラブの広報部が発表する内容だけに頼っていたからね」
ロマーノは、イギリス・メディア『ガーディアン』にも寄稿。語学力も武器に、仕事の場を徐々に世界へと広げていった。
「違いを生み出したのは、執念と語学。本で学んだわけではない。書いて、読んで、この世界に飛び込んだ」
母国語のイタリア語に加え、英語、スペイン語、ポルトガル語を流暢に操り、SNSというツールによって、スポーツジャーナリストとしての新しい情報の発信方法を確立した。
世界に支持された「ロマーノ砲」 移籍市場の頂点から次なるステージへ

サッカージャーナリスト ファブリツィオ・ロマーノ【写真:Getty Images】
そして何よりも信憑性が高いことが、「ロマーノ砲」が支持される理由だ。代表的なスクープはジネディーヌ・ジダン監督のレアル・マドリー退団報道。これもロマーノの速報だった。
また、SSCナポリからメジャー・リーグ・サッカー(MLS)のトロントFCに移籍したロレンツォ・インシーニェについては、トロントFCが、移籍決定のニュースをロマーノに依頼したほどだ。移籍の正式発表にジャーナリストが関わるのは、画期的なことだった。
2022年には、欧州版『Forbes』の「30歳未満の注目人物30人」のメディア・マーケティング部門の一人に選出され、また、同年には「Globe Soccer Awards」では「ベスト・フットボール・ジャーナリスト」賞を受賞した。
名実ともに移籍市場におけるジャーナリストの第一人者となっている。
少しの幸運も手伝い、一躍、最高峰のサッカー・ジャーナリストに登り詰めたロマーノ。
だが、彼が歩んできた人生は、決して運だけに左右されたものではなかったことが見て取れる。複数の語学を習得し、コミュニケーション術を学び、サッカーに情熱を注いできた。先見の明があったことも強調しておかなければならない。あらゆるSNSを駆使し、時代の寵児となった。
“Here we go”に別れを告げ、一旦は、これまでのやり方に幕が下ろされることになるようだが、これからのロマーノの歩みにも今から期待を抱かずにはいられない。
(文:佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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【了】
