
Jリーグ史「不思議すぎるPK」10選【写真:Getty Images】
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勝敗を大きく左右するPK。キッカーにとっては絶好の得点機だが、Jリーグの歴史を振り返ると、思いもよらない出来事が数多く起きている。記念すべきJリーグ最初のPKはいきなり失敗。1試合で2本のPKを外したチームが、その後の4例ではすべて勝利したこともあった。さらに、両チーム合わせて5本ものPKが与えられた試合、28人が蹴るまで決着しなかったPK戦、成功したものの実は競技規則上認められるべきではなかった“トリックPK”もある。名取裕樹著『J.LEAGUE FACT & RECORD BOOK “非”公式記録集 1993~2025(カンゼン刊)』から、Jリーグ史に残る「不思議すぎるPK」を10個抜粋して紹介する。※書籍本文より抜粋。記録・表記は書籍掲載時点のもの。[2/5ページ]
三浦知良、中山雅史、ワシントン――1人1試合2失敗

PKを蹴る三浦知良【写真:Getty Images】
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【1人1試合2失敗】
PKの不思議と言えば、全盛期の三浦知良、FW中山雅史、FWワシントンという得点王経験者が1試合で2本のPKを失敗していること。三浦はV川崎時代の1995年11月22日、浦和戦の7分と30分にPKを蹴ったが、2本とも枠を外してしまった。磐田の中山は顔面骨折からの復帰戦となった99年8月28日の鹿島戦で、1本はGK高桑大二朗に止められ、終了間際の1本はバーの上へ。浦和のワシントンも得点王に輝いた2006年11月23日の甲府戦で2本のPKを蹴り、いずれもGK阿部謙作に阻止された。しかも翌07年5、6月に得たPKも続けて止められ、4連続失敗となった。
1人1試合2PK失敗は、このほか2002年の和多田充寿、11年5月3日に新潟のFWチョ・ヨンチョル(曺永哲)が神戸戦で記録している。その後、チームとしても1試合2本のPK失敗はない。
市原−磐田――1試合最多5PK

PKを蹴る和多田充寿【写真:Getty Images】
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【1試合最多は5PK】
2002年7月27日に和多田充寿が2本のPK失敗を記録した市原−磐田は、デンマークから招いたクヌート・エリク・フィスカー主審が両チームに計5本のPKを与え、1試合の最多記録となった。市原のMF阿部勇樹、磐田のMF藤田俊哉とFW髙原直泰が決めて、試合は2−2で終わった。
J.LEAGUE FACT&RECORD BOOK
“非”公式記録集 1993~2025
Jリーグは2026年、これまでの春秋制から秋春制へ移行する。新たなフェーズに入るJリーグの開幕に合わせ、1993年から2025年までの33年間に生まれた、さまざまな「ファクト」「レコード」「トリビア」を一冊に凝縮。Jリーグ公式の『J.LEAGUE YEARBOOK』、通称「赤本」が発行されなくなって10年以上が経った今、“非”公式ながら圧倒的な情報量と正確性を備えた、待望の「黒本」が堂々完成した。
- 出版社
- カンゼン
- 発売日
- 2026年8月19日
- ページ数
- 248ページ
