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Jリーグ 2時間前

不思議すぎる!Jリーグ「PK」史10選。2本失敗して4試合連続勝利?! 1シーズン最多失敗数は?

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

不思議すぎる!Jリーグ「PK」史10選
Jリーグ史「不思議すぎるPK」10選【写真:Getty Images】

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 勝敗を大きく左右するPK。キッカーにとっては絶好の得点機だが、Jリーグの歴史を振り返ると、思いもよらない出来事が数多く起きている。記念すべきJリーグ最初のPKはいきなり失敗。1試合で2本のPKを外したチームが、その後の4例ではすべて勝利したこともあった。さらに、両チーム合わせて5本ものPKが与えられた試合、28人が蹴るまで決着しなかったPK戦、成功したものの実は競技規則上認められるべきではなかった“トリックPK”もある。名取裕樹著『J.LEAGUE FACT & RECORD BOOK “非”公式記録集 1993~2025(カンゼン刊)』から、Jリーグ史に残る「不思議すぎるPK」を10個抜粋して紹介する。※書籍本文より抜粋。記録・表記は書籍掲載時点のもの。[4/5ページ]

名古屋−横浜M――初のPK戦は“池”が左右

ピッチコンディションが悪い中、試合をする名古屋対横浜
名古屋−横浜M――初のPK戦は“池”が左右【写真:Getty Images】

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【初のPK戦は“池”が左右】

 Jリーグは初年度の1993年から98年までの6シーズン、Vゴール方式の延長を終えても同点の場合、PK戦を行って勝敗を決めた。この間、PK戦に突入したのは、ちょうど100試合。第1号は93年5月22日の名古屋−横浜Mだった。

 瑞穂球技場(現パロマ瑞穂ラグビー場)で行われたこの一戦は、雨でピッチに水が溜まる池のような悪条件の中、1−1のままPK戦へ。4−3で迎えた横浜Mの5人目、MF三浦文丈のキックは名古屋GK伊藤裕二の逆を突いたが、ゴール前の水たまりでボールの勢いが殺され、逆を突かれた伊藤が寸前でかき出して決着した。これには名古屋のFWガリー・リネカーからも「プロが使うグラウンドではない」との声が出るなど批判が噴出。災い転じて? ほかの競技場も含めて、所有する自治体が芝生や照明、収容人員の改善に動く大きなきっかけになった。


浦和−名古屋――28人が蹴って14人目決着

PK戦に勝利して喜ぶ名古屋の選手たち
PK戦に勝利して喜ぶ名古屋の選手たち【写真:Getty Images】

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【14人目決着】

 1995年3月29日の浦和−名古屋は0−0のままPK戦に突入し、史上最多の28人が蹴って名古屋が10−9でものにし、ようやく終わった。先蹴りの名古屋は2人目が失敗、すると浦和は3、4番手のDFギド・ブッフバルトとMF土橋正樹が相次いで失敗してしまう。ところが名古屋も5人目の日本代表MF浅野哲也が失敗し、浦和はこの日MFを務めた山田暢久が成功させてサドンデスに入った。9人目、10人目とも名古屋が失敗すると浦和もお付き合いし、11人目は名古屋・伊藤裕二、浦和・土田尚史の両GKが成功させて2巡目に。ここから名古屋14人目のDFトーレスまで双方成功し、浦和はブッフバルトがGK伊藤に止められ、決着した。

 PK戦が2巡目に入ったのはこの試合だけで、ブッフバルトはPK戦で2度失敗した唯一の選手となってしまった。ワールドカップで西ドイツ(当時)の優勝に貢献した名選手も、PKは勝手が違うということか。


J.LEAGUE FACT&RECORD BOOK
“非”公式記録集 1993~2025

Jリーグは2026年、これまでの春秋制から秋春制へ移行する。新たなフェーズに入るJリーグの開幕に合わせ、1993年から2025年までの33年間に生まれた、さまざまな「ファクト」「レコード」「トリビア」を一冊に凝縮。Jリーグ公式の『J.LEAGUE YEARBOOK』、通称「赤本」が発行されなくなって10年以上が経った今、“非”公式ながら圧倒的な情報量と正確性を備えた、待望の「黒本」が堂々完成した。

出版社
カンゼン
発売日
2026年8月19日
ページ数
248ページ

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