
Jリーグ史「不思議すぎるPK」10選【写真:Getty Images】
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勝敗を大きく左右するPK。キッカーにとっては絶好の得点機だが、Jリーグの歴史を振り返ると、思いもよらない出来事が数多く起きている。記念すべきJリーグ最初のPKはいきなり失敗。1試合で2本のPKを外したチームが、その後の4例ではすべて勝利したこともあった。さらに、両チーム合わせて5本ものPKが与えられた試合、28人が蹴るまで決着しなかったPK戦、成功したものの実は競技規則上認められるべきではなかった“トリックPK”もある。名取裕樹著『J.LEAGUE FACT & RECORD BOOK “非”公式記録集 1993~2025(カンゼン刊)』から、Jリーグ史に残る「不思議すぎるPK」を10個抜粋して紹介する。※書籍本文より抜粋。記録・表記は書籍掲載時点のもの。[3/5ページ]
福田正博――1シーズン最多6失敗

福田正博――1シーズン最多6失敗【写真:Getty Images】
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【シーズン6失敗】
浦和の福田正博は得点王に輝いた1995年、PKで14点を荒稼ぎする一方で、6本のPKを失敗し、1シーズンでの最多失敗記録も残した。続くのは名古屋のFWドラガン・ストイコビッチで、やはり95年に7本中4本のPKを失敗している。
シーズン3本失敗は8人いる。1995年は試合数が52試合と多かったためか、三浦知良、スキラッチと平塚のMFベッチーニョ、C大阪のMFマルキーニョス(マルコ・アントニオ・ダ・シルバ)も記録したほか、99年に中山雅史、2000年に鹿島のMFビスマルク、24年に神戸のFW大迫勇也、25年には清水のFW北川航也もその仲間入りをした。
広島――成功した“トリックPK”は実は違反

サンフレッチェ広島FW佐藤寿人【写真:Getty Images】
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【トリック成功……実は違反】
2010年3月6日、広島は清水戦の3分にPKを獲得した。DF槙野智章がボールをセットし、おもむろにペナルティーアーク付近に戻る。蹴る前にゴールに背を向けて気持ちを整えるいつもの儀式かと思いきや、突如走り出したFW佐藤寿人がボールをキックし、先制した。だが後日、日本サッカー協会(JFA)の松崎康弘審判委員長は、この得点は岡部拓人主審の競技規則の適用ミスだったと認めた。
規則では、PKのキッカーは「特定されなければならない」とある。槙野がボールをセットし、助走のために数歩下がった時点で主審がPKの合図の笛を吹いた以上、槙野が蹴らなければならなかったというのだ。佐藤がペナルティーエリアに入った地点から清水の間接FKとし、佐藤には反スポーツ的行為としてイエローカードを出すのが正解だったとのこと。判定は覆らないが、ミソのついた「トリックPK」だった。
J.LEAGUE FACT&RECORD BOOK
“非”公式記録集 1993~2025
Jリーグは2026年、これまでの春秋制から秋春制へ移行する。新たなフェーズに入るJリーグの開幕に合わせ、1993年から2025年までの33年間に生まれた、さまざまな「ファクト」「レコード」「トリビア」を一冊に凝縮。Jリーグ公式の『J.LEAGUE YEARBOOK』、通称「赤本」が発行されなくなって10年以上が経った今、“非”公式ながら圧倒的な情報量と正確性を備えた、待望の「黒本」が堂々完成した。
- 出版社
- カンゼン
- 発売日
- 2026年8月19日
- ページ数
- 248ページ
