
ロナウジーニョ【写真:Getty Images】
46歳のロナウジーニョが、まさかの現役復帰を果たす。舞台はイタリア3部セリエCのラヴェンナFC。なぜ今、11年ぶりに公式戦のピッチへ戻るのか。その背景には、世界的スターの“魔法”を起点に、セリエA昇格を目指す地方クラブの壮大なプロジェクトがあった。(文・佐藤徳和)[2/2ページ]
セリエA未経験、地方クラブが歩んできた苦難の歴史

ラヴェンナFCのサポーター【写真:Getty Images】
ラヴェンナFCは、1913年のクラブ創設以来、その多くをセリエC(C1、C2、プリーマ・ディヴィジオーネ、セコンダ・ディヴィジオーネ)で過ごしてきたクラブだ。セリエAを経験したことは一度もなく、セリエBに所属したのは7度。
最後にセリエBを戦ったのも2007/08シーズンで、すでに18年が経過している。
現在も戦いの舞台はセリエCだ。2024/25シーズンはセリエD・グループDで2位に終わったものの、繰り上げ昇格によって5シーズンぶりにプロリーグへ返り咲いた。さらに同シーズンには、セリエDのコッパ・イタリアも制し、クラブ史に新たな1ページを刻んだ。
昨シーズンは、グループBで優勝したSSアレッツォ(勝ち点80)、2位のアスコリ・カルチョ(同77)に次ぐ3位(同73)でシーズンを終えた。
しかし、セリエB昇格プレーオフでは2回戦で、グループCを3位で終えたサレルニターナに2戦2敗を喫し、セリエB昇格の夢は絶たれた。
クラブ史上初のセリエB昇格を果たしたのは1993年。セリエC1で優勝し、初めてセリエBへの切符を手にした。このときチームを率いていたのが、のちにウディネーゼなどで名を馳せることになるフランチェスコ・グイドリンだ。
しかし、グイドリンが去ったセリエBでは、20チーム中18位に終わり、初のセリエB挑戦はわずか1シーズンで幕を閉じた。
それでも、その2年後に再びセリエBで戦う機会を得る。ヴァルテル・ノヴェッリーノを迎えたチームは、1996/97シーズンを8位で終えた。これがラヴェンナFCにとって、セリエBでの最高順位である。
最後にセリエBでプレーしたのは、前述のとおり2007/08シーズン。シーズン途中に3度も指揮官が交代する波乱のチームは、リーグ最多失点を喫し、22チーム中20位に終わる散々な結果となった。
かつて西ローマ帝国や東ゴート王国の首都となったラヴェンナ。しかし、サッカーにおいては、これまで“首都”の座に就くことはできていない。
ロナウジーニョは「出発点」 セリエAを目指す壮大な改革

ラヴェンナFC会長 イニャツィオ・チプリアーニ(左)【写真:Getty Images】
チプリアーニがクラブ会長に就任して以来、ゆっくりと改革が進められている。
まずはインフラの再建だ。中央駅から約4キロの距離にある本拠地、ブルーノ・ベネッリでは、現在改修工事が行われている。
サッカー専用スタジアムだが、老朽化が進み、当初は1万2000人だった収容能力が約5000人まで落ちており、ラヴェンナ市が100万ユーロを投じ、1350席が増設されることとなる。
また、トレーニング・センターもリニューアル工事が進行中で、それとは別に下部組織のグラウンドも整備される予定だ。
チプリアーニ会長は6月、イタリア紙『ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト』のインタビューで「現在はブルーノ・ベネッリの改修工事を終えようとしているところだが、オフィスやホテルを備えた新しいスタジアムを建設したいと考えている」と言明。
「『ロナウジーニョ・プロジェクト』は、単なる出発点にすぎない。我々には多くのアイデアがあり、大きな野望を抱いている」と続け、新スタジアムの構想も明かしている。
さらにチプリアーニは「我々の夢はセリエAに昇格することだ。しかし、近道をすることなく、その実現に向けて取り組んでいる。
我々は、「Black Duck(AIとイノベーションを手掛ける英国企業)」とのパートナーシップにも支えられながら、最先端を行くクラブを築いているところだ。データやアナリティクスについても、現代的なアプローチを取り入れている」と野心的な構想を明かす。
そして、「我々には伝説的な幹部であるブライダを頼ることができるという幸運もある。クラブに対して信じられないほどの熱意を示している」と語り、老練な幹部、ブライダの存在が重要であることを強調している。
イタリアにおける新スタジアムの建設は、所有地の確保や行政の手続きなど、様々な困難が生じる。しかし、ロナウジーニョの現役復帰という斬新なアイデアで、サッカーの世界においては無名に近いラヴェンナの名を、世界に轟かせることには成功した。
再び“魔法”は見られるか。8月29日にホーム初戦

ロナウジーニョ【写真:Getty Images】
そのロナウジーニョは、ブラジルからもファンが駆けつけた歓迎イベントでこのように語っている。
「イタリアに戻ってくるのは、いつだって最高だ。ここではみんなが私をリスペクトしてくれる。人々も温かい。今の私の目標は、クラブを助けること。そして、チームを盛り上げ、素晴らしいシーズンにすることだ。そして、できることなら優勝したい」
2008/09シーズンから2年半、ミランでもプレーした。ラヴェンナFCでの試合出場が実現すれば、2011年1月以来のイタリアでのプレーとなる。
「イタリアにいた頃のことは、すべて覚えている。これまで経験したなかで一番素晴らしかった瞬間は、ダービーで決めたゴールだ。ラヴェンナとロッソネーリが親善試合を戦えたら、最高だろう。今でもミランを追っている。とても好きなチームだ」
もしセリエCの試合で手応えを得られれば、ミランとの親善試合への出場も実現するかもしれない。セリエC開幕節のレッジャーナ戦は、チプリアーニ会長が公言していたとおり、ロナウジーニョは欠場した。
昨季途中の2月からマンドルリーニが指揮を執り、今季も続投するチームは、敵地で先制を許す苦しい展開となったが、86分にクリスティアン・スピーニが同点ゴールを決め、1-1の引き分けに持ち込んだ。
次節は8月29日、本拠地ブルーノ・ベネッリでのラティーナ・カルチョ戦。ロナウジーニョのコンディションに問題がなければ、いよいよ出場する可能性がある。ブルーノ・ベネッリで、再びその“魔法”を目にすることができるだろうか。
(文・佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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