
京都サンガF.C.の石田侑資【写真:Getty Images】
J3からJ2、そしてJ1へ。石田侑資は一歩ずつ歩みを進めてきた。今季から京都サンガF.C.でJ1に挑んでいる23歳は、福田心之助の海外移籍を転機に右サイドバックの先発機会をつかんだ。9月2日の横浜F・マリノス戦に続き、6日のFC東京戦でも先発。巡ってきたチャンスのなかで、石田は何を感じているのか。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
【2026/27明治安田J1リーグ第6節】
2026年9月6日 FC東京 2-0 京都サンガF.C.
(味の素スタジアム)
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「こっちのサイドに来い」。憧れ続けた存在とのマッチアップ

横浜F・マリノス戦でJ1初先発となった京都サンガF.C.の石田侑資(下段右から2番目)【写真:Noriko NAGANO】
雨が激しく降り続く敵地のピッチで、京都サンガF.C.の石田侑資は人知れず胸の高鳴りを覚えていた。
両チームともに無得点で迎えた62分。ホームのFC東京が最初の交代カードで、3枚替えを行おうとしている。スタンバイしている一人に憧憬の思いを抱いてきたと、石田は照れくさそうに明かした。
「僕、長友選手が大好きなんです。中学生の頃から、自分にとってずっと憧れの存在だったんですよ」
新シーズンが開幕した8月8日に現役続行を表明。FC東京に追加登録され、9月2日の清水エスパルスとの前節で初めてベンチ入りしていた長友佑都は、橋本健人との交代で待望の今季初出場を果たした。
味の素スタジアムが大歓声に包まれるなかで、レジェンドが足を踏み入れてくる。石田が続ける。
「県は違いますけど、僕も同じ四国出身で、長友選手の本もめちゃめちゃ読んできました。だからこそマッチアップしたい、と試合前からずっと思っていましたし、出てきたときには『こっちのサイドに来い』と」
長友のポジションは橋本が務めていた左サイドバック(SB)。右SBの石田の視界に常に入ってくる。65分には攻撃参加からクロスを放った長友を石田がブロック。待望のマッチアップも実現した。
J1リーグ戦通算出場を198試合に伸ばし、まもなく40歳になる長友は愛媛県東予市(現・西条市)の出身。徳島県鴨島町(現・吉野川市)出身で23歳の石田は、対照的にJ1でまだ2試合目の出場だった。
3人兄弟の末っ子の石田は、2人の兄の影響で小学校からサッカーを始め、中学進学とともに徳島ヴォルティスのジュニアユースのセレクションに合格。この頃にフォワードからSBに転向した。
さらに、ユースにも進める状況で石田は一大決心を下す。名古屋グランパスの和泉竜司がキャプテンを務め、全国高校サッカー選手権を制した2011年度大会から憧れていた千葉県の市立船橋高校へ進学する。
一日でも早くプロのサッカー選手になりたい。大きな夢から逆算する形で高校進学先を決めて、迷わずに親元を離れた石田のなかで、卒業後に大学へと進む青写真はまったく描かれていなかった。
J3のガイナーレ鳥取へ加入したのは2021シーズン。カテゴリーは関係なかったと石田が振り返る。
「日々愚直に」。いわきFCでの運命的な出会い

田中謙吾の引退セレモニーにて。石田侑資はいわきFCで3シーズンにわたってプレーした【写真:Getty Images】
「僕のなかでプランがあったんですよ。2年ずつをかけてカテゴリーを上げていく、と」
2シーズンでリーグ戦38試合に出場した石田は、2023シーズンにJ2のいわきFCへ移籍する。
「ただ、そこで1年多くなりました。反省点ではないですけど、それで得た部分もたくさんあるので」
プランよりも1年多い3シーズンにわたって所属し、リーグ戦で93試合に出場したいわきで運命的な出会いがあった。2024シーズン限りで引退したゴールキーパー、田中謙吾さんの生き様に魅せられた。
現在36歳の田中さんは昨年4月から母校・暁星中学の体育科教員を、さらにサッカー部顧問を務めている。日本体育大学卒業後に飛び込んだプロの世界では、12年間で公式戦104試合に出場している。
J3のAC長野パルセイロで、田中さんはリーグ戦で通算91試合に出場している。しかし、2019シーズンに移籍した松本山雅FCではJ1、J2の両リーグ戦を含めた公式戦で出場を果たせなかった。
いわきがJ2へ昇格した2023シーズン以降も、リーグ戦で計5試合に出場してユニフォームを脱いだ。しかし、一人しか先発できない特殊なポジションで日々の練習から絶対に手を抜かなかった。石田が言う。
「田中先輩は常日頃から『愚直に』とずっと言っていて、僕自身、先輩と練習で関わらせてもらう機会が多かった。田中先輩の姿を見ていると、日々の積み重ねというものが本当に大事だと感じていたので」
いわきでのプレーを高く評価した京都からオファーが届いた昨年末。そのときの心境を「本当にすぐに決めました」と振り返った石田は、京都のクラブ公式ホームページ上でこんな決意を綴っている。
「日々愚直にやっていきます」
同じ時間を共有しながら、プロサッカー選手の在り方を教えてくれた田中さんの立ち居振る舞いからあえて四文字の漢字を引用した。そこに込められたのは、いぶし銀の生き様を追い続ける覚悟と決意だった。
だからこそ、新天地・京都でなかなか出場機会を得られなくても動じないし、もちろん慌てない。
「右サイドは託したよ」。福田心之助の言葉で高まった

京都サンガF.C.からポーランド1部のレギア・ワルシャワへ期限付き移籍した福田心之助【写真:Getty Images】
「ここまで家族を含めていろいろな方々の支えがありました。サッカー面でもそうですし、ファン・サポーターのみなさまがいつも一緒に戦ってくれるのが僕の支えであり、パワーの源になってきました」
こう振り返った石田は、秋春制への移行に伴って今年前半に開催された特別シーズン、明治安田J1百年構想リーグでも出場3試合、プレータイム合計76分、リザーブに名を連ねたのも4試合にとどまった。
唯一先発したのは3月14日の地域リーグラウンドWEST第6節。セレッソ大阪戦でセンターバック(CB)としてピッチに立ったが、同点とされた直後の73分にエンリケ・トレヴィザンと交代した。
8月に開幕した2026/27シーズンも最初の3試合はベンチに入れなかった。取り巻く状況が一変したのは9月1日。右SBの福田心之助が海外移籍を前提としてチームを離脱したからだ。
ピッチにこそ立たなかったものの、8月29日のアビスパ福岡戦で初めてベンチ入りを果たしていた石田は、このときから心の準備を整えている。福田を欠いた右SBで「出番があるだろう」と。
そして、ポーランド1部のレギア・ワルシャワへ期限付き移籍した福田からメッセージが届いた。
「右サイドは託したよ」
燃え盛ろうとしている心が、さらに勢いを増そうとしている。モチベーションを一気に高めた石田は9月2日の横浜F・マリノス戦で右SBとしてJ1リーグ初先発を果たし、84分までプレーした。
「僕自身もこの半年間、シンくん(福田)を見てすごく良い面も見つけられた。良いところは盗みながらも、僕の良さというのはシンくんとはまた違うものがあるので、それも出していきながら、ですね」
自身の武器とは、いわきで37試合に出場した昨シーズンのJ2リーグでデュエル勝利数109、タックル総数106、こぼれ球奪取数195ですべてリーグ1位をマークした強度が極めて高い守備にある。
サッカー界の常識を覆す、を合言葉にフィジカルを徹底して鍛える方針を掲げるいわきでの3年間で“デュエル王”へと成長を遂げた石田は、続くFC東京戦でも右SBの先発を射止めた。
しかし、75分に加藤蓮との交代を告げられた石田の脳裏には「反省」の二文字が駆け巡っていた。