
年代別イタリア代表ではエースとして活躍しながらも、A代表には一度も選出されなかったドメニコ・モルフェオ【写真:Getty Images】
ファンタジスタは、絶滅してしまうのだろうか。イタリア語で、ひらめきと技巧で観客を魅了する選手を指す。かつてイタリアのセリエAには、自由な発想と唯一無二のプレーで観客を熱狂させた数々の名手がいた。しかし、戦術が進化し、選手に求められる役割が細分化された現代サッカーにおいて、そうした個性はかつてほど目立たなくなっている。彼らの才能はいかにして花開き、何を成し遂げ、どのような人生を歩んだのか。栄光も挫折も含め、カルチョを彩った天才たちの足跡をたどる。第2回は、パルマでは中田英寿押しのけて司令塔を務めるも、アッズーリには届かなかった“未完の天才”ドメニコ・モルフェオ。(文:佐藤徳和)[2/2ページ]
「才能を生かしきれなかった」イタリア代表に届かなかったファンタジスタ

「才能を十分に生かしきれなかった」と語るドメニコ・モルフェオ【写真:Getty Images】
気難しい性格で、監督を悩ませ、チームメートまで手を焼かせることが多かったモルフェオだが、その才能は誰もが認めるものだったことは確かだ。多くのチームメートや監督が、過小評価された選手だったと不満を口にしている。
それでも、戦術という鎖で縛り付けず、自由を与えれば、誰よりも輝いた。それはカルロ・マッツォーネが指揮したブレッシャ・カルチョで、戦術からようやく解放されたロベルト・バッジョと重なるものがある。モルフェオの憧れの選手は、そのバッジョであった。
これほどの才能がありながらも、イタリアA代表のユニフォームに袖を通す機会には恵まれなかった。
「私の時代は競争が激しかったが、一度もデビューできなかったことは残念。もし今の時代にプレーしていたら、違う選択をしていただろう。ただし、自分らしさや、自分のやり方は失わずに。自分が持っていた才能を十分に生かしきれなかったことは分かっているんだ」
現在はパルマでリストランテを経営し、サッカーとは離れた世界で、幸せな日々を送っているモルフェオ。
今のイタリア代表であれば、間違いなく招集されたであろう。ただ、天才はフィジカルがより重視されるようになった今のサッカーをどのように感じているのだろうか。
(文:佐藤徳和)
【著者プロフィール:佐藤徳和】
1998年にローマでの語学留学中に、地元のアマチュアクラブ「ロムーレア」の練習に参加。帰国後、『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』(小学館)の制作に参加し、イタリア語学習書などの編集、校正、執筆に携わる。2007年から、フリーランスとして活動し、主にイタリア・サッカー記事のライティングに従事。2014年には、FC東京でイタリア人臨時GKコーチの通訳を務める。IL ROMANISTA、日本特派員。『使えるイタリア語単語3700』(ベレ出版)、『イタリア語基本の500単語』(語研)を共同執筆。日伊協会では、カルチョの記事を読む講座を開講中。X:@noricazuccuru
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