
藤枝MYFCの藤枝総合運動公園サッカー場【写真:Getty Images】
藤枝MYFCの槙野智章監督が審判批判によって2試合のベンチ入り停止処分を受けた。一方、日本サッカー協会(JFA)は問題の判定が誤りだったと認めている。判定の正否と発言への責任は別問題だが、この騒動はJ2の審判環境に残る課題も浮き彫りにした。10月29日のメディアブリーフィングと独自取材をもとに、審判改革の現在地、VAR導入を阻む障壁、そして審判員を守ることの意味を考える。(取材・文:川﨑ゆうき)[2/2ページ]
なぜ簡易型VARでも解決しない? 費用負担に残る可能性

UEFAチャンピオンズリーグ(CL)をはじめ、各リーグでみられるVAR【写真:Getty Images】
通常のVARの導入が難しいのであれば、より簡素な方式を採用する方法も考えられる。
だが、Jリーグは「VAR Light」についても慎重な姿勢を示している。
2023年にも導入検討に言及していた窪田執行役員に、今回改めて障壁を尋ねると、「カメラを設置したり、映像を取り込んだり、データを出したりというところでは、やり方がそれほど変わらないのに、VARほどの効果が得られない」と説明した。
Jリーグ側の説明では、VAR Lightはリプレイオペレーターが不要になる一方、それ以外は通常のVARとほぼ同様で、費用や必要な資格者数の大幅な削減は見込めないとしている。
扇谷委員長も、通常のVARがあれば確認できる場面を、VAR Lightでは確認できない可能性に言及した。観戦するファンが両者の違いを十分に理解していなければ、期待と実際の性能との間に隔たりが生まれかねないことも示唆された。
別の選択肢として検討されているのが、監督が主審に映像確認を求める「フットボール・ビデオ・サポート(FVS)」だ。専任のVAR審判員を必要とせず、少ないカメラ台数でも運用できる仕組みで、得点、PK、退場などの判定について、各チームの監督には原則2回のチャレンジ権が与えられる。
ただし、FVSについても窪田氏は慎重だった。
会見後の独自取材では、チャレンジが判定確認以外の目的で使われることへの懸念を語った。時間稼ぎであればアディショナルタイムで補うことはできるが、試合中断を利用して戦術変更などを行えば「タイムアウト的な意味合いにもなってしまう」という。
判定を支援するはずの仕組みが、試合運営そのものに別の影響を与える可能性がある。窪田氏が指摘したのは、単なる費用対効果だけでは測れない問題だ。
一方、費用負担の仕組みについては、今後変更の余地もある。
現状ではJリーグがVARの費用を負担しているが、窪田氏は追加取材に対し、「費用負担をどうするかという議論は当初ありましたが、最終的な判断としてJリーグの予算内に巻き込む形になりました」と説明した。
海外では異なる形も採用されている。ポルトガルでは、サッカー協会とリーグが段階的に費用を負担する仕組みを設け、2023/24シーズンから2部リーグにVARを導入した。
ベルギー2部では今季からFVSの試験運用が始まった。現地紙『Het Nieuwsblad』によれば、当初2027/28シーズンに導入する予定だったが、クラブ側の要望によって前倒しされ、費用もクラブが負担するという。
こうした事例を踏まえ、クラブとの費用分担についても尋ねると、窪田氏は「話し合いによっては今後予算組も変わる可能性もあります」と述べた。
これは、クラブとの費用分担が具体的に決まったという意味ではない。しかし、現在の負担方式が唯一の選択肢ではないことを示唆している。
年間6~7億円という費用や人材不足は、現実的な障壁である。ただ、それをどのように解消していくのか。Jリーグは今回、J2へのVAR導入時期や、必要な条件を段階的に満たすための具体的な計画までは示していない。
審判員をどう守るのか。「誤審」の先にある課題

苛烈な批判に晒された経験があるマイケル・オリヴァー主審【写真:Getty Images】
もうひとつ、今回の騒動で考えなければならないのが、審判員への影響だ。
槙野監督の発言はSNS上で大きく拡散された。会見後の独自取材でJリーグ側に確認したところ、関連する投稿は約1000万インプレッション規模の反響を呼び、その中には看過できない誹謗中傷も含まれていたという。
インプレッション数は投稿が表示された延べ回数であり、誹謗中傷の件数を意味するわけではない。それでも、判定を巡る議論が審判員個人への攻撃に発展する危険性を示している。
海外では実際に深刻な被害が起きている。2025年1月、イングランド・プレミアリーグでは、アーセナル戦の退場判定を巡り、マイケル・オリヴァー主審や家族に脅迫が相次いだ。審判組織PGMOLが非難声明を発表し、警察も捜査に乗り出している。
日本でも今年7月、日本野球機構(NPB)が審判員へのSNS上の誹謗中傷を監視するシステムを導入した。悪質な投稿には削除要請や警察への届出、法的措置も検討するという。
29日のブリーフィングでも、審判保護の法制度化について質問が出た。扇谷委員長は、「日本では現状そこまで具体的な議論には至っていません」と説明した一方、「以前からSNS上で個人が攻撃される状況を懸念していた」と語っている。
審判員を育成し、待遇を改善することは重要だ。しかし、判定を誤るたびに個人への中傷や脅迫が広がるようでは、安心して活動を続けられる環境とは言い難い。
もっとも、審判員を守ることが、判定に対する正当な批判や検証を封じる理由になってはならない。
今回、JFAは問題の判定が誤りだったと認めた。一方、槙野監督への処分は、試合後の発言が懲罰基準に該当すると判断された結果である。両者は別々に考える必要がある。
そして、判定を誤った審判員への対応についても、扇谷委員長はその考え方を説明した。
JFAではJ1からJ3まで毎試合、審判員に対する評価を実施している。単発の判定ミスのみを理由に処分するのではなく、評価を積み重ね、同じようなミスが続く場合には担当カテゴリーの変更なども検討するという。
再発防止について問われた扇谷委員長は、「これをやったら必ずミスがなくなるというものは、申し訳ないですけれども、今の私にはそういった知識はありません」と率直に語った。
さらに「VARを導入すれば全て解決するわけでもないと思いますし」と述べ、審判員一人ひとりの質を高める必要性を強調。そのためにどのような知識や気づきを持ってもらえるか、どう支援するかを考え続けることが重要だという。
ここまで見てきたように、JリーグとJFAはすでに審判員の専業化、研修制度の拡充、選手OBによるフィードバックなど、多くの改革に取り組んでいる。一方で、J2・J3には専業化の遅れや映像判定を支える設備・人材の不足という課題が残る。
判定の誤りを検証し、改善につなげること。審判員への不当な攻撃を防ぎ、安心して活動できる環境を整えること。両者は対立するものではなく、どちらも競技の公正性を支えるために欠かせない。
扇谷委員長は、審判員の質を高めるための支援について「その繰り返ししかないのかなと思います」と語った。ミスを完全になくすことはできなくても、減らすための努力は続けられる。そして、審判員個人の努力だけでは解決できない問題に対しては、リーグと協会の役割が問われる。
J2・J3の審判環境を改善するために、何を、いつまでに実現するのか。今回の騒動を一過性の問題で終わらせないためには、継続的な改革とともに、その道筋を示すことも必要ではないだろうか。
(取材・文:川﨑ゆうき)
【著者プロフィール:川﨑ゆうき】
都内のラジオ局で番組制作に従事した後、ライターへ転身した。イギリス系音楽メディアのチーフ・エディターを歴任し、現在は様々な媒体に寄稿する。ロシア語能力検定と審判ライセンスは3級。
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【了】
