日本代表の堂安律が、約1年ぶりとなるゴールを決めた。しかも舞台は、森保一監督にとって国内最後となる一戦。2018年9月、第1次森保ジャパンの初陣でA代表デビューを飾ってから8年あまり。背番号10を託され、右ウイングバックという新たな役割を担い、いまではキャプテンとしてチームをけん引する立場になった。「自分が、自分がと思いがちだった」と振り返る若者は、なぜ「この監督のために勝ちたい」と語るまでに変わったのか。堂安と森保監督が歩んできた8年間を振り返る。(取材・文:藤江直人)[1/2ページ]
約1年ぶりとなる日本代表でのゴール
325日ぶりに全身を駆け巡った快感が、堂安律のなかでさまざまな思いを呼び起こさせた。
国立競技場でニュージーランド代表と対峙した5日のキリンカップサッカー2026決勝。前半に1点ずつを取り合って迎えた71分に、日本を優勝に導く決勝ゴールを決めた堂安のなかで“もどかしさ”が消えた。
昨年11月14日のガーナ代表戦以来となる、代表通算12ゴール目を堂安はこう振り返っている。
「毎試合ゴールを狙うのが自分の強みだと言い続けてきたなかで、実際には点を取れていなかった状況にもどかしさを感じていた。ただ、そうした試合が続いても自分の能力は一度も疑わなかった。
チームから求められるプレーと自分の強みとをずっと照らし合わせてきたなかで、今回はウイング(サイドハーフ)として使われた。その意図を汲み取って、求められている仕事は最大限できたかな、と」
第2次森保ジャパン時代の2024年6月のミャンマー代表戦から<3-4-2―1>システムで戦ってきた日本は、ニュージーランド戦で約2年7カ月ぶりに前半開始から<4-2-3-1>システムを採用した。
システム変更とともに、堂安はポジションを右ウイングバックから右サイドハーフに変えて先発。逆サイドを個人技で突破した左サイドハーフの中村敬斗がマイナス方向へ送ったパスを右足で押し込んだ。
自身にとって2度目の大舞台となったFIFAワールドカップ2026(北中米W杯)。右ウイングバックで全4試合に先発出場した堂安は、オランダ代表とのグループステージ初戦でコーディ・ガクポ、ブラジル代表とのラウンド32ではヴィニシウス・ジュニオールとワールドクラスの左ウイングとマッチアップした。
守備でのタスクを求められたなかで、堂安は「4バックに戻って『前で仕事をしろ』と言われればやれる、という思いも正直、自分のなかにあった」と振り返り、さらにこんな思いを明かしている。
「ウインガーだからこそ決めたゴールだった」
「ウイングバックでもあそこに入っていけたら理想的だけど、ワールドカップではそれこそガクポやヴィニシウスとマッチアップして、そこからさらに中へ入っていくような強度は最近の自分にはなかった。
ウインガーだからこそ決めたゴールだったし、そこは敬斗に感謝したい。もちろんポジションに対して不満があったわけではなく、それこそウイングバックにやりがいや楽しさ、充実感を覚えていた」
そして、時間の経過とともに堂安のなかで頭をもたげてきたのが森保一監督への感謝の思いだった。
ニュージーランド戦で通算111試合目の指揮を執った58歳の指揮官と、A代表における堂安の軌跡は完全に一致する。
2018年9月11日。パナソニックスタジアム吹田にコスタリカ代表を迎えた第1次政権の初陣で、右サイドハーフとして先発に抜擢された当時20歳の堂安はA代表デビューを果たした。
北中米W杯後に日本サッカー協会(JFA)と異例の半年契約を結んだ森保監督は、年明け早々からサウジアラビアで開催されるAFCアジアカップをもって退任。U-21代表監督と兼任する大岩剛氏にバトンを託す。
来たる11月の国際Aマッチデーでは、日本は舞台をシンガポールに移してブラジル、パラグアイ両代表と対戦する。つまりニュージーランド戦は、森保監督にとって日本国内でのラストマッチだった。
節目の一戦で第2次政権から引き続き「10番」を背負った堂安は、左腕にキャプテンマークを巻いてチームをけん引。そのうえで決勝ゴールを決めた展開に「何か縁を感じますね」と神妙な口調でこう続けた。
森保ジャパンで変わった「自分が、自分が…」の思い
「森保さんと僕とは、普通の人よりもものすごく深いストーリーがあると自分のなかで感じている。その森保さんの国内最後の試合で、僕がゴールを決めてチームを勝たせられたのはすごくうれしい」
前出のコスタリカ戦で先発した11人のうち、8年あまりの時間がたったニュージーランド戦でも先発したのは堂安しかいない。当時の招集選手で今シリーズに臨んだのも堂安と伊東純也だけとなっている。
東京五輪に臨む年代別日本代表を率いていた森保監督は、西野ジャパンがベスト16で敗退したロシアW杯直後の2018年7月にA代表の指揮官に就任。兼任監督体制の初陣となったのがコスタリカ戦だった。
森保監督は世代交代を加速させる象徴として冨安健洋、伊藤達哉、そして堂安を東京五輪世代から抜擢した。ただ一人、先発を果たした堂安は、当時の自分を「自分が、自分がと思いがちだった」と振り返る。
実際に初めて臨んだW杯となるカタール大会で、ともに途中出場したドイツ、スペイン両代表とのグループステージで堂安は立て続けに同点ゴールをゲット。自らの名前を世界へ知らしめた。
迎えたクロアチア代表とのラウンド16。先発を果たしながら87分に南野拓実との交代でベンチへ下がり、延長戦をへて突入したPK戦を1-3で落とした直後に、堂安は胸中に変化が生じていると気がついた。
「2ゴールを奪えた点で、僕自身、カタール大会には比較的いい思い出がある。その意味でクロアチアに負けたときに、以前の僕ならば『もっと点を取りたい』と思いがちな状況でそうはならなかった。
次は僕たち東京五輪世代が日本代表を背負っていかなきゃいけない。僕自身、エースになりたいとずっと言ってきたけど、リーダーにもなる覚悟をもっていかなければいけないと思うようになっていた」
カタール大会後にこう語っていた堂安は、第2次森保ジャパンの2度目の活動となった2023年の6月シリーズで、前任者の南野が「8番」を背負った関係で空き番になっていた「10番」を託された。
今シリーズでも「特別な番号」と位置づける「10番」を背負う堂安は、当時はこう語っていた。



