セリエA第24節ミラン対コモの開催地として、オーストラリアのパースが浮上している。サン・シーロが冬季五輪で使用不可となる事情が背景にあるが、セリエAの海外進出を狙う思惑も見え隠れする。UEFAは例外的に承認したものの、選手や監督の間では国内での開催を求める声も根強い。果たして歴史的決断となるのか、それとも反発を招くのだろうか。(文:佐藤徳和)
賛否が巻き起こるセリエA初のリーグ戦国外開催

【写真:Getty Images】
セリエA公式戦、第24節ミラン対コモが史上初めてイタリア国外で開催される可能性が高まっている。
ただ、依然として賛否両論が巻き起こったまま、国外開催に否定的な声も多くある。スペインのラ・リーガでは、アメリカのマイアミ開催が、選手の反発により中止に追い込まれた。セリエA初のリーグ戦国外開催はどうなるのか?
ミランの本拠地サン・シーロは、来年2月6日から22日まで行われるミラノ・コルティナ冬季五輪の開会式および閉会式の会場となるため、約1カ月にわたって使用できない。
このため、2月8日前後に予定されるミラン対コモ戦は、別会場での開催が必要とされ、開催地としてオーストラリア西部・西オーストラリア州の州都パースが選ばれた。人口200万人、オーストラリアで4番目に大きな大都市である。
2023/24シーズン終了直後の5月31日には、パースのオプタス・スタジアムでミラン対ローマのテストマッチが開催され(ローマが5-2で勝利)、収容人数6万人のスタジアムに5万6000人の観客が詰めかけた。
セリエA第24節ミラン対コモのパース開催が噂され始めたのは、今年6月のことだった。しかし、イタリアから遠く離れたパースでのテストマッチは、すでにセリエAの海外開催を見越して、行われたものではないかと懐疑的に見てしまうが、この件に関しては後述する。
UEFAの決断を後押ししたイタリアのスタジアム事情
また、7月31日にもミランはこの地で地元のAリーグのパース・グローリーFCとプレシーズンマッチを行っている。会場は今回予定されているオプタス・スタジアムではなく、そこから約4キロの球技場、パース・オーバルで開催された。
9-0とミランが大勝したこの試合にも、満員に近い2万人以上の観衆がつめかけ、ミランが行った2試合はいずれも非常に高い関心を集めた。
レーガ・カルチョ・セリエAの会長エツィオ・シモネッリは9月3日、「我々は現在、9月11日に判断を下す予定のUEFA(欧州サッカー連盟)の承認を待っているところだ。この件に関して一部に反対の動きもあるが、私は引き続き控えめながらも前向きな見方をしている。
レーガとしても、需要のある国々においてこの“プロダクト”の認知度を高める責任がある」と話していた。この“プロダクト”とはもちろん、セリエAを指す。この時点でFIGC(イタリア・サッカー連盟)の同意は取れていた。難色を示していたUEFAによる9月の発表は先送りされたが、10月に決断が下された。
「例外的ながら認める」というものだった。
サン・シーロのキャパシティは約7万5000人で、イタリア国内ではローマのスタディオ・オリンピコが約7万人と、これに最も近い規模を誇る。
その他の主要スタジアムには、バーリにあるスタディオ・サン・ニコラが約5万8000人、ナポリのスタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナが約5万5000人の収容人数を持つが、いずれもサン・シーロの規模には及ばない。
また、イタリアには、ロンドンのウェンブリー・スタジアム、パリのスタッド・ド・フランス、東京の国立競技場といったような、特定のクラブの本拠地となっていないスタジアムがないことも、この決断に影響を及ぼしたのかもしれない。
セリエAが国外開催を目論む真の理由
レーガは、海外開催の実施について、以前から高い関心を示していた。2021年には、ニューヨークにレガ・セリエAのオフィスを開設。北米におけるセリエAのブランドイメージの向上、CBSブロードキャスティングとの継続的な関係構築、セリエAのファンとの交流を図る拠点として設置されている。
現在、セリエAで北米資本となっているクラブはミランやインテル、ローマをはじめ、7クラブが北米資本のもとに運営されており、北米市場はもはや無視できない存在となっている。
シモネッリ会長は今年3月に「アメリカのNBAやNFL、NHL、MLBでは、北米地域のほかで試合を開催するのは当たり前だが、ヨーロッパサッカー界ではまだ実現されていない。
我々としては、“欧州初”となるその挑戦を本気で目指している」と熱弁を振るう。MLBの日本開催は、近年はおなじみのイベントとなった。
アメリカで最も人気のあるスポーツであるアメリカンフットボールのNFLは、ヨーロッパでの普及に力を入れており、9月28日には、アイルランド・ダブリン、10月5日、12日、19日にはイギリス・ロンドンで公式戦が行われ、ウェンブリーで開催された19日の一戦は、86,152人の大観衆を集めた。
さらに、11月9日には、ドイツ・ベルリンとスペインのマドリードで2試合が開催される予定だ。そして、NBAについては、ヨーロッパ進出計画が進行している。その内容は、NBAの欧州リーグ構想だ。
今夏にはNBAコミッショナーのアダム・シルバーが、バスケットボールのレアル・マドリード幹部と会談し、欧州リーグ開催の可能性について協議している。こうした“黒船”の到来により、レーガ・カルチョ・セリエAも危機感を募らせている。
「実現できるかは、我々の交渉力と実行力に…」
「もちろん、開催にあたってはアメリカサッカー連盟の承認が必要である。だが、我々はそれを得られるよう全力を尽くすつもりだ。実現できるかは、我々の交渉力と実行力にかかっている」と明言していた。
しかし、アメリカ4大スポーツとは異なり、サッカーの国外開催に立ちはだかる壁は依然として高い。
ラ・リーガは10月21日、12月20日にマイアミのハードロック・スタジアムで予定されていた第17節のビジャレアル対バルセロナの開催中止を正式発表した。UEFAの承認を経て、10月8日に開催が正式決定されていた。
ところがリーガ第9節で、選手たちが驚くべき行動に出る。すべての試合において、キックオフから15秒間プレーを停止するという意思表示を行い、アメリカ開催に異議を唱えたのである。
こうした経緯もあり、ラ・リーガは、マイアミ開催のプロモーターと協議し、中止を発表した。
コモのセスク・ファブレガス監督もスペインでの中止に同調する一人だ。
「まだ正式決定ではない。もしかすると、パースに行かないということになるかもしれない。3カ月前に言ったことは今でも変わらない。ただし、私はコモに雇われている身だ。自分のクラブのサポーターに逆らうようなことは決してしない。彼らこそがサッカーにおいて最も重要な存在だからだ」とスペイン人監督は語っている。
さらに、「中には、レッチェへ行くために眠らず、旅費に自分の給料を使う人もいる。彼らは常に優先されるべきだ。怒りを感じているのも理解できる。リーガではキャプテンたちが互いに話し合った。こうしたことはスペインでは今回が初めてではない」と自身の見解を忌憚なく述べている。
コモと対決するミランの指揮官、マッシミリアーノ・アッレグリも、反対の立場を取っている。
「パースで行うことになれば…」
「ひとこと言わせてもらうが、それほど重要なことではない。大事なのは、できるだけ早く決断が下されることだ。イタリアで試合ができればそれに越したことはないが、パースで行うことになれば、それに合わせて準備していかなければならない。重要な試合だから」と述べていた。
ファブレガスほどの強いトーンではないものの、イタリア国内での開催を希望していることを明かしている。
ミラノからパースまでは飛行機で最低でも約17時間を要する。時差や肉体的疲労も考慮しなければならない。ミランとコモには、第24節前後の試合に疲労回復のための時間的猶予を与えなければならないだろう。
しかし、そもそも、なぜオーストラリアでの開催となったのか?
レーガのオフィスを設置したアメリカ、あるいは近年スーペルコッパを実施しているサウジアラビアでも良かったのではないか?
これに関しては、レーガのルイージ・デ・シエルヴォ最高経営責任者(CEO)が明確に説明している。
「我々がオーストラリアに行くのは…」
デ・シエルヴォCEOは、10月28日にイタリア・メディア『Cronache di spogliatoio(ロッカールームの記録)』のインタビューに応じ、「我々がオーストラリアに行くのは金銭のためではない。それは間違いだ。
確かに、増加するコストをまかなうためや、サン・シーロでの試合による収入がないことへの補填として資金は必要である。しかし、それが動機ではない。それは木を見て森を見ないようなものだ」と言明する。
さらに、「このオファーはミランだけでなくインテルにも届いていた。サン・シーロ閉鎖というタイミングに際して、ミラノの両クラブを招待しようとするものだ。
しかしインテルは、組織的な都合により辞退し、ミランは逆に熱意をもって受け入れ、我々レーガに対して検討を進めるよう促してくれた」と続け、パースからリーグ戦開催のオファーがインテルにも届いていたことを明かしている。
そして、「もちろんサウジアラビアやアメリカも、あらゆる場合において我々が真剣に検討するマーケットだ。ただし、今回はオーストラリアの方が具体的に動き、ある程度の規模の提案をしてきた。
そして何より、ミランとコモがこの提案に賛成していたという点が大きい。この案はミランの発案により生まれたものだが、我々は戦略的な判断としてこれを支持した」と話し、サン・シーロの代替会場としてオーストラリアのパースが選択された理由を説明している。
“大義”のない国外開催がもたらす危機
レーガが予てからイタリア国外での開催をプランニングしていたところに、今回のサン・シーロが使用できない問題が浮上。そこで、ミランがテストマッチを行っていたパースでの開催案が組み込まれ、レーガ、ミラン、試合会場のパースの思惑が偶然のように一致した。
UEFA、フットボール・オーストラリア(FA)もパース開催を了承しており、残すは国際サッカー連盟(FIFA)と、オーストラリアの管轄であるアジア・サッカー連盟(AFC)の承認を待つのみとなった。
今回、リーグ戦の国外開催に否定的だったUEFAは、「例外的」という条件付きでパースでのミラン対コモ戦を受け入れることとなった。
しかし、この承認を契機に、国外開催が雪崩を打つように一気に容認される方向へと進まざるを得なくなるかもしれない。
サン・シーロが使用不可という明確な理由があるため、ミランとコモのサポーターはこれまでのところ反対の姿勢を打ち出してはいないが、“大義”のない国外開催となれば、行動に出る可能性は十分にある。
本拠地のサポーターを蔑ろにするような対応は、決して容認されるべきではない。
(文:佐藤徳和)
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【了】