明治安田J1百年構想リーグ地域リーグラウンド第9節、川崎フロンターレ対浦和レッズが5日、Uvanceとどろきスタジアムby Fujitsuで行われた。劇的な逆転ゴールの起点となったのが山原怜音。状況に応じて役割を変えながら、タフに走り続ける背番号29が価値を示す一戦となった。[1/2ページ]
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カメレオンのように姿を変えながら、タフに走り続ける
高山など、気候の変化の激しい場所に生息するカメレオンは、外気温の影響を受ける変温動物。視力が良く、360度を見渡せる視野を持っており、体色を変化させて身を隠すことができる。
サッカーにおいては、得意・不得意が明確に分かれる選手が活躍するのが難しい時代になった。分析が進み、相手の短所をいかに突くかの重要性は、一昔前に比べると各段に大きくなっている。
そうなると、自然とオールラウンダーな選手が好まれるようになる。そして、できるだけ不得意な部分を埋めながら、長所を尖らせていく。足下の技術に長けたDFやGK、守備でも貢献できるFWは、今や珍しくなくなった。
川崎フロンターレの山原怜音は、相手と味方の状況を見ながら適切な対応をしている。まるでカメレオンのように。
広い視野で周囲の状況やスペースを見極めながら、自らゴールを狙うことも、鋭いパスやクロスでチャンスを演出することもできる。川崎では右サイドバックでの出場が続いているが、清水エスパルス時代は左サイドバックを務めることが多かった。
利き足がある以上、プレーするサイドによってプレーの偏りが出るのはある程度仕方がない。右利きの右サイドの選手は縦の突破が増え、左利きの右サイドの選手はカットインを多く選択する傾向にある。
しかし、山原はどちらのサイドでプレーしても、変に偏ることなくプレーを選んでいるように見える。得意、不得意に関わらず、状況を見ながらフラットに判断できるからこそ、相手からしてみると対応が難しくなる。
今季ここまでの出場時間は810分。つまり、フルタイム出場である。川崎でフルタイム出場を続けているのはスベンド・ブローダーセンと2人なので、フィールドプレーヤーとしてはただ1人となっている。
まるでカメレオンのように姿を変えながら、タフに走り続ける。それはこの試合でも同じだった。
伊藤達哉とプレーするときは…
この試合の第一形態は、味方の特徴を引き出す右サイドバックだった。
右サイドハーフで先発した伊藤達哉は、アタッキングサードでの仕掛けやゴール前でのシュート技術に長けている。
「伊藤達哉選手はやっぱりサイドで勝負できる選手なので、僕はちょっと後ろ気味だったり、中にポジションをとったり、そういう意識でやっていた」
伊藤とコンビを組むときは、ボールを受けてもシンプルに伊藤に渡すことが多い。そして、相手の伊藤へのマークが分散するように、オーバーラップやインナーラップを織り交ぜながらサポートしていく。
移籍後初ゴールもそういう形から生まれた。
右センターバックの松長根悠仁からタッチライン際でパスを受けた山原は、2タッチで脇坂につなぐ。パスを出すと同時にゴールに向かって斜めに走り出した山原に、脇坂がダイレクトでリターンパスを出した。
山原はゴール方向へドリブルで運び、そのまま左足を一閃。シュートは美しい曲線を描きゴールに吸い込まれた。
このときの右サイドハーフは家長昭博だった。伊藤と特徴は違うが、ボールをシンプルに預けることで良さが出るという点で共通している。タッチライン際に張った家長には相手のサイドバックがついており、相手のボランチは脇坂を見ている。ワンツーで剥がした時点で、山原はフリーとなっていた。
相棒が変わると、プレーが変わる
長谷部茂利監督はマルシーニョを69分、伊藤を76分で下げた。
伊藤の代わりに入ったのは、中央を主戦場とするFW神田奏真だった。ピッチに入った神田は脇坂泰斗の下に何かを伝えに行く。それを聞いた脇坂は山原に何かを伝えた。
神田は69分に入ったラザル・ロマニッチとともに2トップを形成し、脇坂は伊藤が務めていた右サイドに入った。
ここで、山原はフォルムをチェンジする。
「脇坂選手がサイドハーフにはいったときに、(脇坂は)インサイドでプレーしてくるだろうと。外が自分の仕事になるだろうなと思ったんで、外で張って攻撃を組み立てようという意識をしました」
セットプレーからの流れで、山本悠樹のクロスをロマニッチが頭で合わせた。これで同点とした川崎は、さらにアタッキングサードに人数をかけていく。
この時点でも相当な運動量で川崎を支えていた山原だが、最後まで運動量は落ちなかった。
そして、94分、等々力を沸かせる劇的なゴールが生まれる。


