サッカー日本代表は、3月の英国遠征でスコットランド代表、イングランド代表を連破し、歴史的快挙を成し遂げた。しかし、その裏側には、単なる勝利では語りきれない〈混乱〉と〈対話〉の積み重ねがあった。日本代表を現場で追うスポーツライターのミムラユウスケが、選手や指揮官の言葉を手がかりに、そのプロセスをひも解く。そこから浮かび上がるのは、日本代表が歩んできた歴史と、次なるステップへの確かな変化だった。(取材・文:ミムラユウスケ)[1/2ページ]
フォーメーション変更は伝わっていなかった
スコットランド戦で生じた“混乱”は、むしろ必要なものだったのかもしれない。
日本代表が、アジアのチームとして初めてサッカーの母国イングランド代表をやぶったのが3月31日のこと。
あの勝利の前に、日本代表がW杯優勝へ近づくために必要な〈混乱〉が生じていた。
少しだけ時間をさかのぼろう——。
3月28日、グラスゴーにあるハムデン・パークで日本は1-0でスコットランドを下した。結果だけを見れば、何も問題はない。
「ファイヤー・フォーメーション!」「超攻撃的布陣!!」
メディアやファンは、日本代表が77分以降に採用した3-4-1-2(5-3-2)というフォーメーションから得点が生まれたことを無邪気に喜んでいた。
もちろん、選手たちはチーム一丸となって勝利をつかんだことを評価し、そこに関わったチームメイトからスタッフまでたたえていた。
しかし、ピッチに立つ者たちは、それだけでは終わらない。
フォーメーション変更後の守備には明らかな〈ずれ〉があり、その部分をどうすべきかについて、試合後の選手たちは意識を向けていた。
〈ずれ〉というのは、布陣を変えたことでファーストディフェンダーを務めるポジションが変わり、ウイングバックがプレスをかける場合のリスクも大きくなっていた状況だ。
また、フォーメーション変更からわずか2分後、日本が決定機を得るよりも前に、横パスをカットされ、相手にカウンターから決定的なシュートを許してしまっていた。
チャンスを増やすはずの変更で、相手に先にチャンスを与えてしまっていたのだ。
試合後、右のウイングバックとしてピッチに立っていた伊東純也は、こんな言葉を口にしている。
「ミーティングで『こういう形になるかも』ということはやっていましたけど、練習ではやっていませんでした」
彼はそもそもフォーメーション変更を知らされていなかったし、決勝ゴールを決めたヒーローだ。それでも、高い目標をかかげるチームの一員として、そう話したあとに、今後に似たよう局面が来た時に、より良い戦いをすることに意識を向けていた。
上田綺世の表情が複雑だった理由
ミックスゾーンに現れた上田綺世の表情は、どこか複雑だった。
「守備のところがあまり噛み合わなかったので、そこから崩れないように……」
試合中、それを感じながらプレーしていたのだ。
上田が感じていた守備の〈機能的な混乱〉——フォーメーション変更後に守備が機能しなかったという課題——は、W杯を見すえれば看過できない。
この課題をどうすべきかを試合終了直後から彼らが意識を向けていたのは、W杯優勝のために何をすべきかを考え、行動しているからだ。
敵地でスコットランドを下したところで満足して、進化の歩みを止めていいはずがない。
高い目標の下、何ができるのかを日ごろから考えて行動しているからこそ、彼らのアンテナは反応したのだ。
この問題の解決策について、指揮官はどう考えているのか。イングランド戦前日の練習が行なわれる前の時点で、森保一監督に直接たずねると、こんな答えが返ってきた。
「選手たちから何も言われてないので、お答えのしようがないです。以上です」
しかし——。
ヘッドコーチ型ではなく、マネージャー型として戦術面の整備をコーチ陣に任せている現体制において、水面下では、ある準備が進んでいた。
スコットランド戦からわずか数日で何が変わったのか
3月30日、イングランド代表との試合を翌日に控えた日本代表はウェンブリースタジアムで公式練習に取り組んでいた。
現地時間17時。ミーティングを経て、選手たちはピッチへ。与えられた時間はわずか1時間で、場内の大型ビジョンには残り時間が表示されている。数字が減っていく。
ただ、限られた時間は実り大きいものとなった。
鎌田大地は練習直後にこう振り返った。
「(スコットランド戦で)課題が出た部分……『こういう時は、こうしよう』というのを(コーチ陣からたたき台として)提示されました。それに、(守備が)ハマっていなくても失点するようなシーンはなかったと思うので。
前線にはもちろん1人で2度追いかけたりしないといけない選手はいましたけど、結果的に見ればやられているシーンはなかったので。そこは気の持ちようというか、問題はなかったのかなと思います」
「気の持ちよう」という言葉には、ウェンブリーで過去3度、クリスタル・パレスの一員としてリヴァプールやマンチェスター・シティを相手にすべて勝ってきたという自負がにじんでいた。
守備の形が噛み合っていなくても失点しなかった事実こそ、チームの地力の証明である。だからこそ、「修正さえできれば怖いものはない」という確信につながっている。
さらに、相手に決定機を作られても、「アイツが止めてくれるだろう」という信頼を抱けるほどの守護神・鈴木彩艶の存在も大きい。スコットランド戦の立ち上がり、スコット・マクトミネイのヘディングシュートを防いだように。
伊東もまた、同じ方向を向いていた。
「点を取りに行くときに、ウイングバックが(どこまで)プレッシャーをかけるか……そういう話し合い、確認はできたと思います。上手く確認できたので、良いオプションになったかなと思います」
「話し合い、確認はできた」という短い一言に、スコットランド戦との最大の違いが凝縮されていた。
フォーメーションが変わったことすら把握できないまま立っていた試合から、わずか数日。何が有効で、どこを意識すべきかを、チームとして共有できた手ごたえを、伊東をはじめとした選手たちは得ていた。



