ドイツ戦から3日後のトルコ戦、10人を入れ替えても、日本代表の強さは揺るがなかった。そこにあったのは、偶然の勝利ではなく、欧州トップレベルを“当たり前”として生きる選手たちの日常だった。日本代表を現地で追うスポーツライターのミムラユウスケが、日本代表に根づき始めた“欧州基準”の正体を追った。(取材・文:ミムラユウスケ)[1/2ページ]
日本人らしくないメンタリティが芽生え始めた
2023年9月12日、ベルギーのゲンクへと会場を移して、トルコとの試合が行われた。3日前のドイツ戦からスタメンを10人も入れ替えた。メンバーをこれだけ変えれば、チームが機能不全に陥っても不思議ではない。それがサッカー界の常識だ。
にもかかわらず、日本はトルコ相手に4-2で勝利をつかんだ。
伊藤敦樹(15分)、中村敬斗(28分、36分)と、前半だけで3点を奪い、一時は1点差に詰め寄られるも、伊東純也のPKによるゴールで突き放した。
〈4-4-2〉の守備ブロックからアグレッシブにボールを奪い、スピードのあるカウンターを繰り出す。そこから先、個の力で局面をこじ開けるような戦いが見事にハマった。
ドイツ戦でスタメンを外れた選手たちの高いモチベーションを、キャプテンの遠藤航は確かに感じ取っていた。
「今日出たメンバーも、『(ドイツ戦で)自分がなんでスタメンじゃなかったのだ?』というくらいの意気込みでプレーしていたと思う。そこは、良い意味で日本人らしくないというか。海外でやっている選手が多くなってきている分、そのあたりのメンタリティは、みんなすごく良いものを持っているんじゃないかなと思います」
そういえば、3日前にドイツ戦でスタメンから外れていた久保建英は、後半の2アシストで勝利を決定づけた後、こんな話をしていた。
「100%僕は出ると思っていたので、正直がっかりしたけど、それだけ競争が高いというふうにポジティブに捉えようと自分に言い聞かせて頑張ってきたので」
そうした選手たちのモチベーションの高さと野心がプレーにつまっていたという前提がある。
では、その上で、最終的に勝負を分けたものは何だったのか。
試合後に、敵将は一言で表現した。
「我々は日本にフィジカル面で劣っていた」
なぜ10人替えても日本は強かったのか
トルコ代表のステファン・クンツ監督が試合後に残したこの言葉は重い。
繰り返すが、日本はスタメン10人を入れ替えていた。さらに、町田浩樹と毎熊晟矢が代表デビューを果たした。選手同士がお互いの特徴を把握しきれていたわけではなかった。そんなチームとしての連係が最小限しか期待できない状態の日本がトルコを一蹴した。
圧倒できたのはコンビネーションの力ではなく、一人ひとりの個人能力でトルコを上回ったから。そして、その個人の能力のなかで日本が優位に立ったのが〈フィジカル〉の優位性だった。
3日前のドイツ戦で露わになった日本の〈フィジカル〉面の進化は、10人も先発を入れ替えたなかでも証明された。
では、この進化はどこから来たのか。
精神論でも、特別なトレーニングプログラムのおかげでもない。
ドイツ戦でイルカイ・ギュンドガンを弾き飛ばした遠藤は、リヴァプールでプレーする。冨安健洋は(当時)アーセナルにいたり、三笘薫はブライトンで、鎌田大地はあのシーズンはラツィオの一員で、チャンピオンズリーグに参戦していた。
つまり、彼らにとってドイツやトルコの選手は、「代表戦でたまに戦う雲の上の存在」ではなく、「リーグ戦で対戦するような選手」だ。
そもそも、ヨーロッパの強豪クラブで戦う選手たちは、「日本人だからフィジカルは目をつぶる」なんて甘えは許されない。
所属クラブのレベルが上がったことが、必然的に代表のフィジカルを押し上げたのだ。
遠藤は言う。
「『日本人だからフィジカルで劣るみたいな考えって、どうなの?』と(個人的に)疑問を持ってきたのですが、日本人の見られ方は変わったと思います。外国人から見る日本人もそうですけど、日本人から見た今の日本人選手たちも変わったのかなと」
日本サッカー協会(JFA)が育成年代の強化方針を大きく変えたから、この状況が生まれたというわけではないだろう。
欧州トップクラブという環境が、選手たちに「当たり前の基準」を植え付けた。その基準が、代表に持ち込まれ、チーム全体に伝染する。
過去の日本サッカー界が見せたことのなかったようなフィジカル面での強さを、このヨーロッパ遠征で見せつけたのは、選手の置かれた日常が作り上げたものだった。
森保一監督が日本に初めて示した基準
ただ、そうした流れを後押しした人物はいる。その一人が森保監督だ。
彼が代表チームを率いるようになってから、選手たちの意識が変わった。そう証言していた人物がいる。日本代表で歴代3位となる50ゴールを記録している岡崎慎司だ。
岡崎は2024年5月に現役を引退したが、その際、こんな話をしていた。
「海外に来た日本の若い選手たち『どうして海外に出てこようと考えたの?』と聞いたら、『日本でプレーしていても代表には入れないからです』と話していて。
僕らの若い時には代表に選ばれて、そこで海外のチームと試合を経験して、『これではだめだ。だから、海外に行かないといけない』と感じて移籍していたのに。
今は、海外でプレーして、それで初めて代表に選ばれるという感じなんですよね」
日本サッカー界の進化の流れに沿ったものではあるが、招集メンバー全員を初めて海外組で構成したのも、スタメン11人に海外組を初めて並べたのも、森保監督だ。
さらに、就任以降、海外移籍後に活躍した選手は積極的に招集してきた。
選手の立場からすれば、シンプルで、わかりやすい基準だ。若い選手の多くが日本代表に入りたいと考えるから、海外移籍を目指すのは自然な流れだった。
ただ、その流れとは別に、森保監督の評価基準がフィジカル面の強化をうながした側面もある。
2021年の東京オリンピック直前、JFAのホームページに森保監督の考えを示す手記が発表されている。タイトルは「体・技・心と3つの気」。今になって読み返すと、実に興味深い。一部を以下に抜粋する。
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選手たちに求める体・技・心「心・技・体」という言葉がありますが、自分の指標としては「体・技・心」とも考えています。
サッカーにおいては、まずフィジカルが備わっていなければいけません。
タフに戦える身体があってこそ、技術を発揮でき、精神力も保てる。
ですから、選手たちには「体」を最優先に鍛えてもらいたいと思っています。そのうえで、技(技術)を磨く。
そして、心(精神力)を強くする。
体と技があってこそ、心が活きてくる。
プレッシャーのかかる場面でも、自分の力を発揮できるメンタルが、最後にチームを支えるのです。
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代表選手を呼ぶのは監督の特権だ。監督の価値観に合う選手が集められる。この遠征でヨーロッパのチームをフィジカル面で圧倒できたのは、森保監督がそうした選手たちを評価し、招集してきた成果だったのだ。



