フットボールチャンネル

J2 7時間前

「札幌育ちにこんな選手がいるんだ」ブラウブリッツ秋田の佐藤大樹が特別な古巣戦に懸けた思い「もっと怖い選手にならないと」【コラム】

シリーズ:コラム text by 黒川広人 photo by Getty Images
ブラウブリッツ秋田 佐藤大樹

ブラウブリッツ秋田の佐藤大樹【写真:Getty Images】



 「いつもとやっぱり違いました」。ブラウブリッツ秋田の背番号10を背負う佐藤大樹にとって、アカデミー時代を過ごした北海道コンサドーレ札幌との一戦は特別なものだった。高校、大学卒業時に札幌入りを思い描くも、その夢は叶わず。 かつて「札幌は故郷でもあり、心のクラブ」と語った27歳は、古巣との対戦で攻守に奮闘し、チームの勝利に貢献した。(取材・文:黒川広人) [1/2ページ]

明治安田J2・J3百年構想リーグ・プレーオフラウンド第1戦 5-8位決定戦
ブラウブリッツ秋田 1-1(PK5-4) 北海道コンサドーレ札幌
ソユースタジアム

「札幌育ちにこんな選手がいるんだ」

ブラウブリッツ秋田 佐藤大樹

古巣・北海道コンサドーレ札幌戦でプレーする佐藤大樹【写真:Getty Images】


 古巣との対戦を、3試合連続ゴール中という好調な状態で迎えた佐藤大樹は、試合後こう振り返った。

「札幌はスカウティングどおり上手かったですし、自分たちも守備でなかなかハメることができなくて、かなり苦しい試合でした。ただ、秋田の良さである最後の際の部分で体を張った守備は表現できたので、それが勝利につながった要因かなと思っています」

 就任7シーズン目を迎えた吉田謙監督のもと、愚直に走り、戦う“秋田スタイル”を貫きながら勝点を積み重ねてきたブラウブリッツ秋田。EAST-Aを2位で通過したチームは、北海道コンサドーレ札幌との一戦でも持ち味を随所に発揮した。

 一方の札幌は、秋田対策としてシステムを変更。その狙いが機能し、立ち上がりは札幌ペースで試合が進んだ。

 3バックの右に入った札幌の内田瑞己へ誰がプレスに出るのか。秋田は対応に苦しみ、狙ったプレスをかけられない時間が続いた。

 だが、前半途中から、佐藤が内田へプレスに出る形を明確にしたことも功を奏し、徐々に流れを引き戻し、秋田らしい戦いへと持ち込んでいった。

「最初は後ろの声も聞こえづらくて、自分が行く判断もできなかったんですけど、途中で話し合って、3トップ気味に入って、スイッチを入れる形に修正できました。そこは良い方向に向かったと思います。

 でも、個人としては良さを出せずに終わってしまい、チームに助けられた試合です。まだまだ課題がたくさんあると実感した試合でした。これを糧にここからより一層頑張って、『札幌育ちにこんな選手がいるんだ』と見せつけられるようにしたい。改めてそう思いました」

プロキャリアの礎を築いたクラブへの想い

ブラウブリッツ秋田 佐藤大樹

今季から背番号10を背負うブラウブリッツ秋田の佐藤大樹【写真:Getty Images】


 北海道江別市出身の佐藤は、札幌アカデミーで育ち、トップ昇格を夢見て歩んできた。プリンスリーグ北海道でも2年連続得点王に輝くなど、結果も残したが、膝の負傷による長期離脱や外国籍選手とのポジション争いなども加味された結果、その願いは叶わなかった。

 それでも、佐藤は歩みを止めず、法政大学を経て、プロ入りの切符をつかみ取った。

 27歳となった今では、チーム最多得点を記録し、背番号10も背負う。Jリーグオールスターにも選出されるなど、名実ともに秋田の顔へと成長を遂げた。

「10番はクラブから提案してもらいました。なかなかつけることができない番号ですし、そういった機会をもらったからにはつけてみたいという気持ちもあったので、今年から10番をつけさせてもらっています」

 プロキャリアの礎を築いたクラブへの感謝の想いは強い。

「クラブから必要とされていると感じる場面がたくさんあります。キャプテンも任せてもらうこともありますし、人として成長できる機会だと思っています。だからこそ責任もありますし、もっともっと頑張りたいんです」

 それだけに、チームは勝利したものの、古巣との一戦で結果を残せなかった悔しさも残った。もっとも、佐藤のプロキャリアは決して順風満帆ではない。遠回りも挫折も経験してきた。その歩みがあったからこそ、今がある。

「もうプロ5年目になります。FC町田ゼルビアでは試合に絡めず、当時J3だったY.S.C.C.横浜へシーズン途中で移籍しました。そこで最低限とも言える7ゴールを取って、秋田に拾ってもらいました。

 なかなか自分が思い描いていたキャリアではなかったですけど、やり続けることだけは愚直に取り組んで来ました。秋田に来て、左サイドハーフという新しいポジションにも挑戦し、いろんな発見や経験ができました。その積み重ねが今につながっていると思いますし、本当に秋田には感謝しています」

 大学時代までは生粋のストライカーとしてプレーしていた佐藤だが、今では左サイドハーフが主戦場だ。

「自分では想像していなかった」左サイドハーフ

ブラウブリッツ秋田 佐藤大樹

ブラウブリッツ秋田に来た当初はフォワードだった佐藤大樹だが…【写真:Getty Images】


「秋田に来た当初はフォワードだったんですけど、小松蓮選手(現ヴィッセル神戸)ら前線に強力な選手がたくさんいて、なかなか難しい状況でした。そんな中でサイドハーフが空いていて、練習中に監督から『やってみるか?』と言われたのがきっかけです。

 その後、左サイドで出場した試合でゴールとアシストを記録できて、それが評価につながりました。そこからずっと左サイドハーフでプレーしています」

 より献身的なプレースタイルになったかと問うと、佐藤は笑った。

「よく言われます(笑)。もともと体力には自信がありましたし、スピードを活かした推進力や左足のシュートは自分の武器でした。それが左サイドハーフというポジションにすごくハマったと思いますし、自分のプレースタイルにも合っていると感じています。自分では想像していなかったですけど、左サイドハーフをやって良かったと思っています」

 J2在籍6年目を迎えるクラブの成長も、佐藤はその身で感じている。

「3年前、自分が来たときはクラブハウスもなくて、環境的に結構厳しかったんです。でも、少しずつ環境も整ってきています。前への強さを打ち出した秋田らしいサッカーは変わっていませんし、そのクオリティも確実に上がってきていると感じています。

 ただ、もう一つ上のカテゴリーへ行くためにはサッカー以外の部分も含めて、まだまだ足りないところもある。自分自身もクラブが上に行くためにいろいろ模索しながら頑張りたいと思っています」

 法政大学時代に1学年先輩として可愛がってくれていた上田綺世をはじめ、ともに戦った仲間たちが世界やJ1の舞台で数多く活躍している。だからこそ、佐藤も負けてはいられない。その視線は今も、より高い舞台へと向けられている。

1 2

KANZENからのお知らせ

scroll top
error: Content is protected !!