フットボールチャンネル

在日と帰化 アイデンティティと格闘する在日フットボーラーの軌跡(中編)

text by 河鐘基

在日コリアンに対する見方の変化

 例えばラモス瑠偉、呂比須ワグナー、三都主アレサンドロ、田中マルクス闘莉王らブラジル人選手との帰化とは、扱い方もその見方も明らかに異なる。彼らはブラジルに移民した日系人の子孫であったり、「日本代表」から請われて帰化しているが、在日である李忠成の場合は前出した過去の歴史問題はもちろん、日韓問題、日朝問題、南北問題といった問題とも無縁ではいられず、そこにはさまざまな複雑な感情もある。

 ただ、だからこそその決断がもたらすメッセージ性は強い。李忠成の父・李鉄泰も言っている。

「息子をはじめ、これからの世代は我々以上に日本に土着して生きていく世代。そういう世代が日本のために貢献し、日本のために頑張れば、日本人の在日や韓国に対する見方はもっと変わるだろうし、日本と韓国・朝鮮の関係改善にも役立てるかもしれない」

 李忠成の帰化。それは日本と在日コリアン社会のそれまでの歴史に安易に白黒をつけることではない。与えられた葛藤の中で、あくまでも、サッカーというスポーツを通じて何かを表現すること。それが自分に課せられた運命であり、自らのアイデンティティの証明になることを、李忠成は知っているのだ。

 印象的だったのは、韓国戦や北朝鮮戦のあとに李忠成が取った行動だ。日本代表は試合後、常にスタジアムを一周してスタンドに挨拶することが恒例になっているが、李忠成は8月の札幌では韓国サポーター席に、深々と頭を下げて礼をしているのだ。そこに行けば、一部の人々から心ない揶揄を受けることは必至だが、それでも彼は挨拶を続けた。

「十人十色という言葉があるように、僕の選択に対していろんな意見があるのは当然のことだと思います。もろちん、すべての人々から賛成されればそれは嬉しいけど、それは無理な話であって、それを求めたり、期待してはいけないと思っています。人それぞれに考え方や生き方があるわけですから。ただ、だからこそ自分は頑張らなきゃと思う。僕が頑張り続けることで、きっと、何かを感じてくれる人たちはいると思うんですよ。良かったとか、まだまだ足りないとか、アイツはダメでもいい。日本の人も、在日の人たちも、韓国の人も、僕を通じて何かを考え感じてくれたら、それでいいと思います」

 実際、李忠成の帰化は、彼のルーツである韓国にもさまざまな波紋を投げかけた。とりわけアジアカップ決勝で鮮やかなボレーシュートを決めてからは一躍、ときの人になり、新聞や雑誌、テレビでも李忠成の特集が数多く組まれている。李忠成の登場によって、韓国の人々の在日コリアンへの「帰化」に対する見方が変わってきたことは間違いないだろう。

【後編へ続く】

初出:フットボールサミット第7回

関連リンク

フットボールサミット第7回 サッカーと帰化とアイデンティティ 「国」を選んだフットボーラー

1 2 3

KANZENからのお知らせ

scroll top