“東南アジア版オリンピック”SEA Gamesにタイやインドネシアらの次世代を担う注目選手が集結

SEA Gamesというスポーツイベントをご存知の人がいるだろうか。「東南アジアのオリンピック」とも呼ばれるこの大会には男子サッカーもあり、本家と同じく23歳以下という規定がある。そこで見られるのは次世代を担うような才能溢れる選手たちだ。

2013年12月24日(Tue)12時23分配信

text by 長沢正博 photo Masahiro Nagasawa
Tags: , , , , , , , ,

今年の開催地は近年注目を集めるミャンマー

“東南アジア版オリンピック”SEA Gamesにタイやインドネシアらの次世代を担う注目選手が集結
ネピドーのザヤティリスタジアム【写真:長沢正博】

 東南アジアで2年に一度開催され、東南アジア版オリンピックとも呼ばれるSEA Games(South East Asian Games)。27回目を迎える今年は、アジア最後のフロンティアとして各国の企業から注目されるミャンマーで12月11日から22日まで開催された。

 このSEA Gamesでは陸上や水泳、伝統競技セパタクローなど、さまざまな種目が行われる。中でも、23歳以下の選手で構成される男子サッカーは、各国がプライドをかけて力を入れてくる。次世代の東南アジアサッカーの担い手をこの目で見ようと、準決勝、決勝に合わせて主会場の首都ネピドーに足を運んだ。

 2011年の民政移管後、同国最大の国際イベントとあって、ネピドーには新たに体育館や屋内プール、陸上競技場が集まった巨大な複合スポーツ施設が建設された。2006年に当時の軍事政権によって旧首都ヤンゴンから遷都が発表されたネピドーだが、いまだに遷都の正確な理由は分かっていない。

 宮殿を思わせる巨大な国会議事堂に各省庁、時に片側10車線に及ぶ道路などは整備されたが、それ以外は行き交う車の姿すらまばらな静かな田舎町といった風情だ。

 1959年に始まったSEA Gamesのミャンマーでの開催は61年、69年に次いで3回目。ちなみに60年台、ミャンマー(当時ビルマ)はかつてイギリス統治下にあった影響から、東南アジアでもまだ比較的豊かな国だった。

 この時代に、日本ですら経験がないAFCユース選手権(現・U-19アジア選手権)の優勝を7度飾っている。だが、62年に軍事クーデターで誕生した社会主義政権の閉鎖的な経済政策によって経済が衰退すると、それと合わせるようにサッカーも表舞台から姿を消していく。

1 2 3 4

新着記事

↑top